桂 枝雀のプロフィール
2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば[1]。
師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。
笑いの分類『知的な笑い』/サゲの分類『合わせ』
落語『書き起こし』と『オチの種類』
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明けましておめでとうございます。
毎年この会では、まあなんちゅうんです。干支でございますね。
十二支にちなんだお話を皆さん方に聞いていただいているわけでございます。
今年は鳥だそうでございますね。
ですから、まあ鳥にちなんだ話ということでございますな。
まあ鳥という言いましても、いろいろありますけどな。
ですから、だいたい日本でそうですね年賀状に書いてありますものは、だいたいニワトリが多いですね。
鳥ですから何でもいいと思うんでございますけどな。
あんまりカナリアとかコンドルとかいうようなね。ペリカンとかダチョウとかいうようなものは見かけませんな。
まあ、あんまりこう突飛なこと日本人は好まないんでしょうかね。
皆がニワトリにしてたら、「ウチもニワトリでいいじゃないかお父さん」というようなことじゃないかと思うんでございますけどな。
そうですね。ツルの絵は割合ちょいちょい年賀状にありますな。
けど、あれはまあ酉年やからというんじゃなしに、まあめでたい鳥だからとう、めでたいものだからというところでもあると思うんでございますけど。
まあ鶴ちゅう鳥はね。ちょっとこの音的にですね。
あまりあの好まないところもございます。
とにかく、鳥にちなんだお話を聞いていただくのでございますね。
「ほたらなにかいなぁ」というようなね。
ほたら何かい入りというね、私独特のいわゆる入り方でございますけど。
「ほたら何かいなあ」楽でございますね。
前半が飛ばせますのでね。
真ん中からズバッ入る、まあ独特でございますけど、独特というほどのことではないんでございますけど。
ほたら何かいなぁ。お前さんかいなぁ、その空を飛びたいちゅうのは?
カラスのおじさん一つよろしくお願いいたしますです。
「カラスのおじさんよろしくお願い致しますですわ」ええけどやで。
なんちゅう大胆なことをまた思いついたんや?
お前さん、だいたいニワトリやないかいな。
なんじゃいな、ニワトリが空飛びたいやなんて。
あのおじさん、そうおっしゃいますけどですね。
あのうちの親父が言ってましたですよ。
我々はね。あの昔はやっぱりの空を飛んでいたんだそうです。
大空をば、飛翔していたんだそうですよ。
親父が申しておりましたですよ。
お前とこの親父さんが何を言ってたんや?
違うんでございますよ。
親父が死ぬ間際にいまわの際に私を呼びましてですね。
苦しい息のもとで「トメ〜」言うてですね。
お前、名前「トメ」言うの?
申し遅れましてございます。
私、ニワトリのトメ五郎と申しまして、ニワトメと申します。
けったいな。名前はどうでもええけど。
ほいでおとっさぁんどない言うたんや?
「わしゃ、今まで生涯のうちにわしゃ飛んだことはないけれども、我々も昔は大空を飛んでいたんだぞ」と言って、「コケッ」と逝ってしまいましたでございます。(言葉遊び)
あーなるほどな。
いやー、おとっさぁんの言うことウソやないやろな。
そやけど、よほど前のこっちゃろうと思うで。
まあわたしゃまぁ。
まあなニワトリかて、 多少「パタパタパタパイ、パタパタ」くらいなことはできるやろうけど、そうなんじゃあれ。
わたしゃカラスとしてはそこそこ長生きしているつもりでもあるけれども、私の生涯にニワトリが大空をこう悠々と飛翔しているというような姿はただの一度も見たことないで。
あのね、おっしゃいますけど、私の友達にですね。
あのマンションの5階から飛んだちゅうことを自慢にしてる男がいるんですよ。
おーん、友達って誰や?
友達のヨシちゅう雄鶏なんでございますけどな。
お前らニワトリでもヨシとかトメとかそんなことか、なんやねん?
いや違うんです。聞いてやってください。
このヨシというのが暗い生い立ちでございましてね。
もう産まれてすぐに親の羽交いの元から離されましてですね。
夜店のひよこ釣りのヒヨコとして売られていったんですよ、ねぇー。
あんなん買われましたらねぇ。
買うてもろたらじきに「ピヨ」って逝ってしまうのが普通でございますけどねぇ。(言葉遊び)
このヨシちゅうのを買うてくれた子供ちゅうのが誠にまた心優しい子どもでね。
寒い時期なんかに電気あんままで入れてねー。大きくしてくれたんだそうですよね。
数ヶ月で立派な雄鶏になったんだそうですけどね。
そうなりますと言うと、もう部屋の中では飼われないでしょ?
狭いベランダで飼うてもうてたんだそうでございますけどね。
ある日のことベランダのこの手すりにつかまってですね。
世間こうして見てますとですね。
「なーんだか飛びそうだな」というようなね。
やはり我々鳥類のその血の奥底に流れる飛翔意欲というものが「ムラムラムラムラ」っとこう来たんでしょう。
「なんだか飛びそうだな」と思って「バタバタ、バタバター」っと羽ばたきましたら「バタバターバタバタバタバタ」と言いながら。
5階の、マンションの5階から無事あなた1階の、その駐車場へ着地したんだそうですよ。
マンションの下びっくりしたそうですよ。
「うわっ」窓ですね。窓の外を雄鶏がですよ。
「バタバター、バタバタ」とにかく飛んでいたんですからね。
「雄鶏は飛んでいく!」ってびっくりしたそうです。(言葉遊び)
いやまぁそらええけどな。
それはなにかいな?
単にその雄鶏が飛んで行ったちゅうことを言うてんのかいな?
それとも何か?
あの「コンドルは飛んでいく」ようなことのシャレになっているのか?(言葉遊び)
まあそれは受け取っていただく方でそれぞれが受け取っていただいたら結構でございますけどね。
しかし、なにしてもな。
お前さんらの感覚からいくとそら飛んだちゅうねやろけど。
我々の感覚からいくとぼちぼち落ちたちゅうねけどな。
なんでもいいですけどね。
私はそのお友達の武勇伝を聞きましてですね。
なんとか私の血の奥を流れるその飛翔意欲がですね。
この広い大空を我々の手に取り戻そうという気になったんです。
お願いします、おじさん。
こうして山奥までやって来たんです。おじさん。
おじさんが飛翔の名人だということを聞きましてですね。
せっかく、こんな遠くまでやって来たんですからね。
お願いします。どんな辛い修行でもいたしますから、お願いいたします。お願いいたします。
ちょっと待ちーな。お願いいたします、いたします言うけどな。
そうその物事、簡単にいきゃあせんで。
お前さん難儀やな。
お前とこね、誰か反対する人なかったんか?
母親がですね。反対いたしました。旧弊な雌鶏ですからな。
「これトメよ」と言うんですよ。
ニワトリはニワトリらしゅうに生きりゃええちゅうことですな。
「空を飛ぶという大胆なことはですな。他の鳥に任せておいて、ニワトリはニワトリらしゅうに足を地につけてですね。地道生きるのがニワトリの生きる道じゃけー」と鳥取弁で申します。
お前とこ色々家庭の事情まで出てくるようになったな。
お前とこなにかい?鳥取の何かい?
もともとは鳥取なんでございます。母親は鳥取の人間なんでございます。
人間?
いやいや鳥なんでございます。
まあしかし、お母さんの言うことがもっともやで。
これなんか飛ぶことなんじゃこう、わしらもは何も楽しみで飛んでるのやないからな。
飛ぶのを余儀なく、いわばされてるねや。
これもしゃあない飛ばな我々はな。
歩こうたっても歩けんことはないけども飛ぶようにできてるねん。
決して愉快なことばかりじゃないよー。
なんですか?飛ぶことそんな愉快じゃありませんか?
そら苦労あるわなぁ。歩いてたらなぁ「しんどいな」と思ってちょっと休めるですぐに。
上へ飛んでたら、ずっと飛んでないかんねんで。
そら枝に止まるちゅう事は出来るよ。
しかし、それにはそれなりの枝がなけりゃ止まることはできんでしょうがね。
「しんどいな」と思って「パッ」と止めたら、「ドチャッ」と落ちてしまうでしょうが。
ねー、第一歩くと言うのは、あのねーそう先々急いでも仕方がないよ。
私しゃ歩くの好っきゃ。
月夜の晩にな、ちょっとこう一杯飲んだ時やなんかは飛べるよ、飛べるよ。
飛んで帰りゃ早いけれども速さを目的とはしないんだよね。
飛べるけれども、わざとこんなコトした時には月見ながら「フラフラフラフラ」歩いて帰るのは良いよー千鳥足で。(言葉遊び)
カラスのおじさん、千鳥足で?言葉遊びはどうでもいいねけどな。
とにかくお願いします、お願いします。
大きな声出しなさんな、私にはどうにもならんなあ。
ああなにを言うてんねんカラス君?
フクロウのおやっさんでございますか?
「フクロウのおやっさんじゃないよ」どうした何なが困りごとがありそうやね。
実はね。
ホーホーホーホーホーホーホーホーホーホー。(なりきりボケ)
あんた分かってるんですかね。ホーホーホーホーて。
ホーホーは私の口癖やけどな。なんや急に?
あー、この若いのが。
あー?飛ぶこと教えてもらいたいちゅうのか。
あー、教えてしんぜよう。
おじさんが教えてくださるんですか?お願いします。
あー大きな声出しなさんな。
ありがとうございます!
今晩からうちに通いなさい。
あの教えてあげましょう。
ありがとうございます!
どれくらいで飛べるようになるでしょうか?1週間、10日。
あのバカな事言ったらいかんで。そんな甘いもんやないで。
やっぱり飛ぶためには実技入るまでに基礎の理論から「ボチボチボチボチ」やらないかんからな。
それから技術やからな。
まー早ても3年はかかるやろ。
3年ですか?僕は飛びたいつったら今すぐでも飛びたいんですがな。
せめてなんです。おじさん、夜昼も一緒にやってもらって、せめて半分の1年半ちゅう訳にはいきませんか?
あかんがな。私は夜間専門やからな。せやで。免許出せるのも夜間限定やでうちは。昼は飛ばれへんで。
はーん。昼も夜も飛べて3年もかからず1年半もかからずもっと「パッパッパッ」と教えてくれるお方ありませんかな?
「こうこうこうこうこう!」お前らなにを「ギャーギャーギャーギャー」言うとんのじゃい。
あ、これはなにハゲタカの兄貴。(失礼ボケフリ)
なにー?誰がハゲタカじゃ。俺は単なるタカや。(失礼ボケ)
あのなぁ。ハゲたタカとハゲタカとはもはや別やで。別の種やこんなもん。妙な形容詞つけるな。
どうしたちゅうねん?
実はね、この若いのがね。飛ぶこと教えてくれちゃうんですけど、我々ではとてものこと。
なんな?なんやちゅうねん。なに?どいつじゃ?こいつかい。こらなにかい?お前飛びたいのか?
あのー兄さん、お願いいたします。
よーし、わかった。俺に任せ。こら、よし、教えたる教えたる。
なんじゃちゅうねん、ドヤっちゅうねん。
飛びたいんやろ?教えたる教えたる。
ありがとうございます。
どれくらいかかるでしょうかな?あのー3週間とか半年とか。
なんじゃちゅうねんお前。なにー?なんでお前、単に飛ぶだけで3週間もかからなあかんねん。
なにを考えとんお前は。
違うんです。怒らないでください。
いや、それは1年でも3年でもいいんです。
馬鹿な事言うな、何考えてんねん。飛ぶだけやろ。
なんで1年も3年も3ヶ月も10日もかかんねんお前。
飛ぶなら今すぐ飛べ。飛びたいんやろ?飛んだらええねやないか。
はい。でも、やはり議論とか技術とか。
バカこけコラ!
お前らこの頃の最近の若い奴はすぐに理屈から入ろうとする、悪い、そんなのことで本格的なフライングができるか。
気や気や。飛ぶ気さえあったら理屈とかなにかは後から付いてくるんじゃ。飛べ。
そうですか?
当たり前じゃコラ。こっち来い。ちょうどここまで来たら崖やないか。
お前、ようお前こんな山奥までニワトリの足でここまで来たな。
それだけでも根性買うで。おい飛べ飛べ。飛べるよお前。
どこですか?
「どこですか?」って飛べ飛べ。
ふ、深いですね?
当たり前やないか。こんなことで恐れをなして、先人の谷底ちゃうたらお前。
こんなん深いの深ないの。ちゅうたら深いねんぞ。飛べコラ。気さえあったら飛べるよ。
ちょっと後ろから走って「バーッ」と飛ばんか!
わっかりましたー。わっかりました。それですね。気ですね。わっかりました。
頭で考えて、いつまでも前に進みませんね。わっかりましたー。
行きますよ。「バサササササ」
あのな、せやけどやで。なんやかんや言うてもやで。やっぱりちょっとぐらい言うとかなあかんことを。おーい、ちょっと待ち。おーいもう飛びよったんかあいつ?え?(タイミングボケ)
ええ度胸しとんな。ニワトリにしとくのは惜しいな。
落ちよったで。おーい!アホやで「ドタッ」と落ちとんねん。
おーい!
はーい!なんでございますか?なんでございますか?
あーらおらへんで。見えへんとこまで落ちよったでアホやで。
「なんでございますか?」って上から聞こえとるがな。
飛んどるわなおい!あらまー!雄鶏が飛んどるがな。おもろ。
豚もおだてりゃ木に登るちゅうけど、ニワトリをおだてたら飛んどるで。
飛翔しとるがな。えらいやっちゃなー。
「ごめんくださいませ」
どなたです?
うちのトメがお邪魔してませんかしら?
なんです?あんたトメ君のお母さんですか?来てます、来てます。
おじゃま致しておりますか。
何かご迷惑おかけ致しておりませんか?
いいえ違いますの。
あの子はな親父似でございまして、頑固者でございます。
どうしても飛びみたいのだと言って家を飛び出したんでございますが、なにか皆さん方にご迷惑をおかけ致しておりませんか?
お母さんですか。これええ度胸しとる飛んどる、飛んどる。
見てみなはれ、これは世界初のことでっせ最近としては。
飛んでますで。立派な息子だ。立派な息子だ。見たんなはれ。
まあ!あの子はとんでもないことしちまって。
いや「しちまって」って、鳥取の人みたいやな。
いっぺんに江戸っ子になりなさんな。立派じゃないですか?
何をおっしゃる。世間様にも、ご先祖様にも申し訳のないことになりました。(言葉遊びフリ)
何がそんなに悲しいんです、立派に飛んでるじゃありませんか?
たったひとりの息子を非行(飛行)に走らせました。(言葉遊び)