桂 枝雀『プロフィール』
2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば[1]。
師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。
笑いの分類『知的な笑い』/サゲの分類『謎解き』
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古典落語 『書き起こし』と『オチの種類』
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テレビなんかでも昔の映画が放映されたりいたしますが、代表的な怪談いくつかありますねぇ「牡丹燈篭」でございますとか「四谷怪談」「播州の皿屋敷」といぅのも、これ代表的なものの一つでございますなぁ。
東京のほぉへまいりますといぅと「番町(ばんちょ~)の皿屋敷」なんと申しましてお芝居なんかにもなっとりますが、元来はこれ播州の、只今の兵庫県、姫路のお噺だそぉでございます。
まぁ、皿屋敷伝説ちゅうものはあちこちにあるんだそぉでございますが、どぉやら播州が本家本元のよぉでございますねぇ。これ、播州姫路にね、むかし青山鉄山といぅ代官がおったんだそぉでございますな。まぁ、代官がおったちゅうんですから、きのう今日の噺やございませんわなぁ、だいぶん昔でございますわねぇ。
そこの腰元でね、お菊といぅお方あったそぉですな、お菊さん。これがまぁご承知でございましょ~、出てくるわけでございます。これがなかなかの別嬪だったそぉでございます。面白ございますねぇ、幽霊になって出て来る人、たいてぇ別嬪でございますよ、シュ~ッとした細面の綺麗ぇな、髪の毛の長ぁい。丸坊主ちゅな滅多にありません。
どっから見ても別嬪ちゅうのんが、だいたいこぉ化けて、いわゆる幽霊になって出て来ますなぁ。不思議ですねぇ、絵ぇなんかにも描いてありますけど、たいてぇこぉシュ~ッとして、あんまりヘチャ~ッとした人、幽霊なってませんわ。
不思議やなぁ思て、ある日わたし人に聞ぃたんです「幽霊、たいてぇ別嬪ですねぇ、ヘチャ~ッとした人どぉなるんですか?」ちゅうと「化けもんになるんです」て、言ぅてましたけど……
お菊さん、例に洩れませずなかなかの別嬪でございます。さて鉄山、男の常でございます、このお菊さんに思いを寄せ、まぁ好きになったんでございますなぁ。手を変え品を変え様々にくどいたが、どぉしても言ぅことを聞きません「うん」ちゅわんのですなぁ。
なぜかと言ぃますと、このお菊さんには三平といぅ、まだ夫じゃないんですが、いずれ夫になりましょといぅ、夫婦になりましょといぅ、まぁ契りを交わした男があって、これに操を立てて、言ぅことを聞かなんだんだそぉでございます。
わたしゃ何も現場におったわけやないんでよぉは知りませんねけど、そぉいぅことだそぉですなぁ。操を立てて言ぅことを聞かなんだ。昔のご婦人方は結構ですねぇ、操といぅもん立てたんですよ。操、シュッシュッシュ~ッ。あちこちに、操が立っとりました、昔わ。
昨今どぉです、操の立ってんのんご覧になったことございますか? 毎夜、バタバタバタと倒れてるじゃございませんか。この三平といぅ男に操を立てて言ぅことを聞かなんだ。
さぁ、そぉなりますといぅと鉄山、可愛さ余って憎さが百倍。いわゆるこの、愛憎といぅものは表裏でございますからなぁ、何とかしてこのお菊を苦しめてやろぉと、家に伝わる十枚一組、葵の皿といぅのを持ち出して「こりゃ菊、これは身共の先祖が将軍家より拝領の大切な宝物。もし万いつことあるならば、鉄山身に代えて申し訳をせねば相成らん。必ず粗相のないよぉに」と、言われてお菊さんビックリしたんですなぁ。
「何でそんな大事な宝物を女中風情のわたくしごときに……」と思いましたが、主命は黙(もだ)し難し、主人の命令に背くわけにはまいりません「かしこまりました」とお受けをして、自分の部屋へ持って帰ってなおしておいた。鉄山何とねぇ、卑怯にもお菊のおらん留守狙ろぉて、この皿を一枚ス~ッと抜き取って隠したんでございます。
そぉしておいて「こりゃ菊、先日そのほぉに預けし品、急に要り用じゃ。これへ持って来い、数検めて受け取ろ」何も知らんお菊さん「かしこまりました」と、それへ持って来て「一枚、二枚、三枚、四枚……」と数えたが、一枚足りません。そらそぉですがな、一枚抜いたぁんねから一枚足らん、勘定合ぉてますわ……、ねッ。
これ「一枚、二枚、三枚、四枚……」と数えて十枚あったら面白いでしょ~ねぇ「十枚どぉぞ」「あッ、あれぇ~?」こんなん、因縁付けられへん、十枚あんねんから「どぉぞ」「あぁ、そぉだねぇ、ありがとぉ」こんなとこで礼言ぅてられへん「そぉか、十枚あったか、ありゃ~?」ちゅなもんやけど、そんなもん顔に出されへんから「ん、じゃぁよいよ、もぉいっぺん預けよぉ」なんてね。
もぉいっぺん預けといて、おらん隙狙ろてサ~ッと一枚取って「持って来い」ちゅうたら「分かりました」ちゅうて「一枚、二枚三枚……」また十枚あったら「もぉいっぺん預けるわ」これ十ぺんやってごらんなさい、あっちにも十枚こっちにも十枚、宝物がふた組できますわ。
そんなバカなことはない、何度数えても一枚足らん「こりゃどぉしたことか……」泣き崩れているやつをば、冷ややかに見下ろした鉄山が「こりゃ菊、そのほぉこの青山の家に崇りをなさんとして、皿を一枚かすめ取ったに相違あるまい。さぁ、誰に頼まれてどこへ隠した? 真っ直ぐに白状いたせ」
もとより身に覚えのないお菊さん「知らぬ、存ぜぬ」の一点張り「おのれ、強情な女め。この上は痛い目に合わせても白状させてみせる。こっちへ来い」髪の毛を掴んでズルズルズルズル、ズルズルズルズル。井戸端へ引きずって来ると荒縄で高手小手に縛り上げ、頭から水をザブ~ッザブ~ッとかけ。踏む、蹴る、殴るの責め折檻。
あまつさえ、余った縄の先を井戸のぐる巻きへ結び付け、井戸の中へ吊るし、上げたり下げたり、下げたり上げたり……。半死半生になっているやつをば太ぉ~い弓の弓柄(ゆづか)を持ってきて、ピシ~ッ、ピシ~ッ、ヒ~ッ「たとえこの身は責め殺されても、さらさら命は惜しみませぬ。が、盗みの汚名が悲しゅ~ございます。どぉか、どぉか今一度……」
「皿の数を検めさせてくれぇ」と言ぅのを耳にもかけず「家中への見せしめ、成敗してくれる」長いやつをばズラッと抜いて肩先からズバ~ッ。袈裟懸け、これからこれがザクッと斬れた。返す刀で縄の結び目をばプスッ、ザブ~ッ……、無残な最期。
「ダハ、ダハ、ダハハハハ……、これで腹の虫が癒えたわい」と鉄山、我が部屋へ取って返す、冷や酒をグ~ッと呷(あお)りつける、ゴロッと横んなって寝てしまう。腰元どももあたりを片付け、それぞれ部屋へ引き取ってしまう、世間がシ~ンと静まる……
時にとりて、家(や)の棟三寸下がろぉか、流れる水も一時は止まろぉかといぅ丑満の頃、お菊の沈んだ井戸から青ぉ~い陰火が一つポ~ッ、火の玉のよぉな尾を引ぃて鉄山の舘へ飛んだ。
寝ていた鉄山、胸元を締め付けられるよぉな息苦しみに、ふッと目を開けると、何と枕元にお菊の姿「おのれ、迷ぉて失せたなッ!」枕刀を取り寄せるなりズゥ~ッと斬り付ける。影も形もない「き、気の迷いであったか。下腹が痛い厠へまいろぉ」鉄山、用を足そぉと便所の戸を開けると、中にお菊の姿。驚いて取って返す、廊下の隅にまたお菊の姿。
▲さすがのことに鉄山、とぉとぉ半狂乱、狂い死にに死んでしもたんや、分かったか
■ヒャ~ッ、恐い話だんなぁ。聞ぃた、聞ぃた? 初めてやなぁこんな話聞くのん。アジャマァ~、けどオッサン、そらよほど昔の話でしょ?
▲話はよほど昔の話やが、幽霊は今でも出るよ
■へっ?
▲今でも出るよ、幽霊は、お菊さん
■ちょっと待ってちょ~だいよ、え? お菊さん、今でも出るんですか?
▲毎晩、時刻たがえず、車屋敷の井戸から出る
■ちょっと待ってください、車屋敷? 親っさん今「皿屋敷」と言ぅたんと違うんですか?
▲それや、お菊さんが皿の数読むさかいに、俗に「皿屋敷」と言ぅが、お前らが「車屋敷、車屋敷」と言ぅてるあの古い屋敷跡がそぉや
■車屋敷から……、出るですか?今でも……、出るですか? よ~し、今晩見に行こ。
▲え?
■今晩見に行こ
▲ほぉ~、行くのはえぇけど、気ぃ付けて行きや
■何に気ぃ付けます?
▲お菊の幽霊、出ると必ず皿の数読むねん。「九枚」ちゅう声聞きなや。これ聞ぃたらガ~タ、ガタガタガタと震え付いて死んでしまうで
■そんな、バカなことないでしょ
▲いやぁ、今まで何人もの人間が行て、その通りになってるから間違いない。
■そぉか……、それで皆、親っさん連中が「とにかく、あの車屋敷は入ったらいかんで、入ったらいかんで」「親っさん何でやねん?」「何でもクソもあるか、入ったらいかんちゅうもんは、入ったらいかんわい」言われてましたんや、これが出るからですか。九枚、ガタガタガタ、ゴトッと死んでしまいまんのんか。あッらぁ~、まぁ~。何で九枚、何で?
▲「何で」たかてお前、理屈考えてごらんよ、皿は重ねてあんねで。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚ぐらいまではまだ九枚あるや、十枚あるや分からへんやないか、せやろ。重ねてあんねん、せやろ。これが八枚、九枚となって「なぜ、あとにもぉ一枚ないのかなぁ? なぜ、もぉ一枚ないの? うらめしやぁ~……」
■あっちゃ~ッ、理屈やなぁ。そぉですか、九枚……。ほな、九枚さえ聞かなんだらいいんでしょ
▲といぅことは?
■ですから、七枚ぐらいでね、六枚、七枚ぐらいでビャ~ッ「わたい九枚知りまへん、ビャ~ッ」どぉです?
▲あらッ、こら気が付かなんだなぁ。なるほどなるほど、九枚がいかんねんからなぁ、七枚ぐらいならえぇわなぁ
■ビャ~ッ、プイッ。こぉしたらどぉです?
▲こら、面白い。
■おい、行こか
◆え? 何?
■お菊さん行こか
◆行けへん
■何?
◆行けへん
■何で?
◆「何で」て、親っさんの言ぅこと聞ぃてへんのんか、九枚ちゅう声聞ぃたらガタガタッ震え付いてコトッと逝てしまう言ぅたはるやないか。そら、わいかてお菊さんに会いとないことはないけどやで、それがためにコトッと逝てしまうて、そんな命と引き代えてまで……
■お前も、親っさんの言ぅこと聞ぃてへんのかいな
◆え?
■「七枚ぐらいで逃げて帰ったらえぇ」っちゅうたはるやないか「七枚、ビャ~ッ、プイッ」これでえぇっちゅうたはるやないか、九枚さえ聞かなんだらえぇねやないか。七枚で、ビャ~ッ、ポッ。これでえぇねやないか。
◆そら、お前が考えてるよぉに、そらお菊さんがやで「いちまぁ~い、にま~い、さんま~い、よま~い……」とやで、こぉお行儀よぉ読みはったら、そらお前の考えてるよぉにうまいこといくけどね。何ちゅうたかて相手はお菊さんでしょ、ヒョッと、根性の悪ぅ~い、お行儀の悪ぅ~い数の読み方したらどぉする? こっちの腹見透かして、ヒョッと根性の悪ぅ~い数の読みよぉしたらどぉする?
■「根性の悪い数の読みよぉ」て何や?(タイミングオチフリ)
◆「何や」て、こっちが七枚で逃げて帰ろとこぉ思ててもやで、向こぉがやでこっちの腹見透かして「ごま~い、ろくま~い、ひちまいはちまいくまい」(タイミングオチ)
■そんなアホなことはないよ
◆わいはやめとくわ
■やめとけボケ、カス、ヒョットコ。
「お前どぉする? 俺は行く、わしは止めとく、わいは行く」と、ちょ~ど人数が半分に分かれる「行くと決まったもんだけ、今晩うち集まってや」なんて、しょ~もない相談はすぐまとまりまして、日が暮れになりますといぅと、ゾォロゾォロゾォロ集まってまいります。
まだ少ぉし早いちゅうんでチビチビ呑みかけましたが、あの酒ちゅうやつは何でございますねぇ、酒さえ呑みゃ愉快になるんやございませんよ、ご承知でございましょ~がね。あれは感情を増幅させるわけですからな、嬉しぃときに呑みゃ、嬉しぃといぅ感情が増幅できるわけでございます。
悲しぃときに呑みゃ、悲しぃといぅことが増幅されるわけですから、だから、自棄(やけ)酒は呑んではいかんのです。オモロないときに呑みゃ、オモロないことが増幅されるわけですから自棄酒は呑んではいけません。酒は嬉しぃときに限って呑むもんです。
これがあぁ~た、これからちょっとどこぞそれらしぃとこ行て、綺麗ぇなお姐さん相手にシャンシャン、シャンシャン、ワァ~ッとひと踊りがあって、そのあともっと楽しぃことが……、といぅよぉなときにはですよ、えぇあんばいに発散しますけどね、これから幽霊見に行ってですよ、七枚で逃げて帰れりゃえぇけど、ヒョッとけつまずいて九枚まで聞ぃてしもたらゴトッ。
もぉそんなもん「え? お酒、わたしもぉ要りません。今日はだいぶ呑んだけどね、呑みゃ呑むほど陰気になるよぉな気がするねん。それよりボチボチ出かけよか?」「良かろぉ」ポイッと表へ出ます。
ご承知でございましょ~、只今、姫路といぅ所、まことに繁華な所でございますが、昔は田舎の城下町でございました。まして、城下を一歩出外れますといぅと、もぉ寂しぃことは言ぅまでもございません。
真っ黒な空の中天に、鎌を研いだよぉな月が(と、頭を下げ)……、出ております。竹薮、松林、畑、田んぼ、あいだを細ぉ~い道が一本続いております。灯りなどは何一つこざいません、真っ暗の中、ひと塊になってトボ~トボ「出といで」(ボォ~ンッ♪)
●せ、清ぇやん……、清ぇやん
■何や?
●おい、おい、おい
■何や?
●ボチボチ、車屋敷の塀ぇが見えてきたよ
■そら、塀ぇぐらい見えてくるやろ。車屋敷向かって歩いてんねんからな、いつまでも見えなんだら、いつまでも歩いてんならん。
●まぁそらせやねんけどな、わいは何もそんな理屈聞ぃてるのやないねん。こんなに早く見えてこなくてもよかったのになッ、といぅ、わたしの気持ちを述べているの……。せ、清ぇやん……、清ぇやん
■何やねん? わしゃここ歩いてることは何ともないけど、お前のその声が恐いわ、何やねん?
●違うがな、お前、何か寒(さぶ)いことないか? ちゅうことやけどな
■何考えとんねんこいつ、さぶいも何も、こんな浴衣同然のもん着てる時候にさぶいちゅなバカなことが……、うッ、そぉ言われてみると、どことのぉ~、ぞ~ッと
●するでしょ~! わいゾワゾワ、ゾワゾワしてんねん。えらい悪いけど、ここでわし帰らしてもらうわ、ここから帰らしてもらうわ。
■何で?
●「なんで」てお前、塀見ただけでゾワゾワ、ゾワゾワ寒気がするねで、あん中入るなり幽霊も何も見んうちにゴトゴト、ゴトゴトッと震い付いて死んでしもたらいかんよってに、わいこれで帰(かい)らしてもらうわ。
■お前、昼間「行く」っちゅうた
●行くっちゅうた。行くっちゅうたけどね、昼間ね、前のやつが「行く、行く」ちゅうたら「行く」ちゅうてしもたんや、ものの弾みやがな、あれからズッと反省しているの。帰らしてちょ~だい、ねぇ皆さん、帰らしてちょ~だい、お願いします。帰らしてちょ。
■どこの言葉や? 「かえらしてちょ」て……。よっしゃよっしゃ、帰れかえれ、去ねいね
●帰っていい?
■去ねいね、いねいねいね。いね、ボケ、カス、ヒョットコ。言ぅとくで、お前がそんな腰抜けやとは思わなんだ、恐がりやとは思わなんだ。これから道で会ぉても友達やてな顔してくれなよ、お前らみたいなしょ~もない腰抜け、仲間に持ってる思われるだけで世間に対して面目ない。
■オウオウ、オウオウオウ、コォコォ、コォコォコォ。お前らいっぺん家いんで、暦見てえぇ日があったらこの日ぃと決めて目ぇ噛んで死んでしまえアホぉ~(過剰ボケ)
●何でそんなボロクソに言われんならんねん。何もそこまで言ぅことないと思うワ。そら、わい暦ぐらいは見て日ぃぐらいは決めるけど、目ぇ噛んで死んでしまえて、どぉして噛むのこれワ?
●友達仲間はぶかれんのん辛いけどなぁ、わい命に代えられへんがな。まだ母親達者な、先立つわけにいかへんがな。えらいすんませんけど、お先失礼(ひつれぇ)いたします。どなたも、スビバせんねぇ、スビバせんねぇ
■ちょ、ちょっと待ち……、いぬねやったら、気ぃ付けていにやぁ~。
●ちょっと、妙なこと言ぃないな。な、何に気ぃ付けるの?
■幽霊、何もあ~た井戸の中から出ると決まったもんやあらへんで。今はとりあえず井戸の中から出たはるけどな、あぁいぅもんや、どっからでも出られるねん。わい、前聞ぃたことあるけどな、だいたいまぁ、大勢いてるとことより少ないとこのほぉが、まぁ相対出易いもんらしぃ。来るとき、藪のとこ通って来たねぇ。
●えぇ~ッ、あのお地蔵さんのあるとこ?
■そぉ。あそこなんぞは、なるたけ通らないよぉにして帰ったほぉがえぇけど、それではお前の家へは帰れぬはなぁ~、お~い、帰るかぁ~?
●か、帰られへんがな、連れてって連れてって
■さぁ付いて来いッ!
●ああああああ、こ、恐わぁ……、ああああああ、恐わぁ。ああああああ、恐わぁ……
■喧しぃなぁ、お前わッ! 誰かどつけ、こいつを……
わぁわぁ、わぁわぁ言ぃながら車屋敷へやってまいります。今か今かと待っておりますといぅと、丑満の頃おいでございます。青ぉ~い陰火を従えまして、お菊の幽霊、それへさしてズゥ、ズゥ~~ッ!
★恨めしやぁ……、鉄山殿ぉ
●出たぁ、話の通りや。嘘やなかった★一枚、二枚……
●わちゃ~、数読み出したぁ、間違わんよぉに勘定しときやぁ
★三枚、四枚……
●あと、三枚でっせぇ、ボチボチ逃げまひょかぁ
★五枚、六枚、七枚……
■それ逃げぇ、ウワァ~ッ!
●ウワァ~ッ……、痛いッ! こけてる上をば踏むな。あぁ、恐わ、恐わぁ。こわこわ恐わぁ…… あぁ恐わかった、こんな恐いのん生まれて初めてや。あぁ、恐わかった、明日の晩も行こ。
■何考えとんじゃこいつわ。そない恐かったら行かいでもえぇがな
●お前そぉ言ぅけどな、わい、逃げしなパ~ッと振り返ってお菊さんの顔見たんや。ホンに噂の通り、お菊さん別嬪やわぁ……、あんな別嬪見たことない、明日の晩も行く
■アホッ。
さぁ、明くる晩も行く、七枚で逃げて帰る、何事もない。そぉなると面白なってきたんです。そらそぉでしょ、別嬪の顔は見られるわ、七枚で逃げて帰れるかどぉかといぅヒヤヒヤは味わえるわ、命は助かるわ、こんな面白いことございませんわ。
「面白いそぉでんな、わたいも行きまっせ……、わたいも一緒に連れてっとくなはれ」まぁ毎日まいにち、毎晩まいばん、いわゆる車屋敷へ行く人数は増える一方でございます。噂はどんどん、どんどん広まりまして、近郷近在からもやって来る。
そのうちには東北や九州からも団体で見物に来るといぅ「こっちですよ、こっちですよ。はぐれないよぉにね~。こっちこっち、こっちぃ~」紋日にでもなりますといぅと「大将たいしょ~、大将こっちおいなはれ。井戸側のえぇとこ二枚だけ残ってます」
ほらもぉ、連中さん朝早よから集まりましてわぁわぁ、わぁわぁ。
▲えらい人気だんなぁ、もし
◆えらい人気だんなぁ
▲どぉです、こぉして大勢の人が。しかしまぁ何ですなぁ、お菊さんが別嬪やさかい、こら幽霊やなかったらほっときませんで
◆その通りです、別嬪です。それでこれだけの男がわぁわぁ、わぁわぁ集まって来まんねがな。わいらね、今日といぅ日ぃがね、十日といぅもの一日も休まんと来てまんねで。
▲何考えてなはんねん、十日ぐらいで大きな顔しなさんな。わたしはここひと月、仕事休んで来てまんねで。当り前だっしゃないか、仕事が済んで来てみなはれ、こんなえぇ場ぁ取れますかいな、そぉでしょ。朝早よぉからムシロ持って来てですよ、弁当持ちであんた、ここ、こぉ場ぁ取って弁当使いますねで。ちょっと離れてオシッコにも行かれしまへんで、ヒョッとあいだに取られたらいかんさかい、この人と代わりがわりで……
◆そんな詳しぃとこまでよろしけど。これ、今日はちょっと幕が遅いよぉですなぁ
▲幕開きて芝居みたいに……
◆きのうはもぉ出てましたよ
▲こら何ですわ、お供えもんです
◆何です?
▲お供えもんしてまっしゃないか、この頃。お寿司供えたり饅頭供えたり、それはよろしぃけど、誰や知らんきのう何じゃ、酒の上等供えてましたで、あらいかん酒はいかん、酒はいかんで。お菊さんの幽霊仲間おまっしゃないか、お岩さんとか、お露さんとか色々おまっしゃないか。
▲「皆さん、お岩さん姐さんおいなはれ。いらっしゃいよっ」なんや言ぅて「今晩わ、今晩わ」言ぅて、みな集まったり「やっちゃいましょ~よ」な~んて、みなあぐらかいてゴボ~ゴボ~て呑んで、あんた、今日は二日酔で頭上がらん
◆もぉ、そんなアホな……
わぁわぁ、わぁわぁ言ぅてますうちに時刻がまいります。お菊の幽霊それへさしてズ~ッ「おッ、出ました。出ましたよ、よぉよぉ、お菊さん待ってましたッ! よっ、皿屋敷、お菊さん、日本一ッ」
★おこしやす……。今日も及ばずながら一生懸命やらせていただきます
▲頼んまっせ
★よろしゅございます……。恨めしや、鉄・山・殿
▲ちょっと芸が臭そなってきましたなぁ。普通に言ぅたほぉがえぇと思いまんねんけど、やっぱり受け狙ろてまんねんなぁ、ちょっと物事が妙な節付いてて不細工ですけど、あの別嬪に違いない、これが嬉しぃ……
★一枚、二枚……、ブホッ
▲ちょっとお菊さん、こんなこと言ぅて何ですけど、ちょっと声の調子悪いのと違いまっか?
★分っかりますか? 風邪ひぃてまんのん……、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚
▲そら逃げぇ、ウワァ~ッ。押したらいかん、押したら
◆わたい押してしまへんけど、うしろから押して来まんねやがな、ホンマにもぉ……
★八枚、九枚、十枚、十一枚、十二枚、十三枚、十四枚、十五枚、十六枚、十七枚、十八枚。今日はこれで、おしまい
▲待ちなはれ、騒ぎなさんな。みなさん方のお腹立ちは十分わかります。当たり前だっしゃないか、人なめてまっしゃないかいな、何考えとんねん九枚のとこ十八枚。わたしが言ぃます、代表して言わしてもらいます、てんでに言ぅたら分からんがな。
▲こらぁ~、お菊ッ! ボケ、カス、ヒョットコ。何考えとるねんお前わ?お前は、皿が九枚しかない、それが恨めしぃちゅうて出て来るねん。せやさかい、その九枚を聞かんよぉに七枚ぐらいでビャァ~ッ、パッ。これをやるために、こぉして皆が毎晩まいばん来てるねで。それを今聞ぃてたら九枚通り越して十枚、十一枚、十二枚、ほっといたら十八枚まで言ぅたぞ。はっきり聞ぃたぞ、こらッ。お前も皿屋敷のお菊なら、もっと商売に勉強せぇ、アホォ~ッ。
★ポンポン、ポンポン言ぃなはんな。ちょっとお客や思たら偉そぉ偉そぉに、あんたらに言われんかてな、わたいかて皿屋敷のお菊、長いことやってまんねんで、そのぐらいのことちゃんと知ってますワ
▲「知ってますワ?」憎たらしぃやつだんなぁ、自分が悪いといぅことを重々承知のうえで、自分の非を認めないといぅ、女の一番悪いとこ出ましたなぁ。
▲こら、知ってて何で、そんなぎょ~さん皿の数読みやがったんじゃい?
★最前も言ぃましたよぉに風邪ひぃてまっしゃろがな、今日、二日分読んどいてな、明日の晩はお休みしますの。(サゲ)