桂 枝雀『プロフィール』
2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば[1]。
師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。
笑いの分類『情的な笑い』/サゲの分類『ドンデン』
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古典落語 『書き起こし』と『オチの種類』
【関連】ボケの種類 18種
我々と良く似た商売に太鼓持ちといぅね、ホントは全然違うんですがね、太鼓持ちといぅお商売がございました。色街のほぉで活躍するんでございますが。
いわゆる男芸者といぅやつでして、男で男を楽します、遊ばすといぅ、なかなかむつかしぃもんでございます。芸者、舞妓、そぉいぅ方々は色気で勝負といぅことができますが、男で男を遊ばすといぅんですから、なかなかの技術が要るわけでございますなぁ。
昔は大阪にもたくさんいはったそぉでございますが、今、東京のほぉにホントにわずかな、三人いたはるそぉです。ほんで高齢なんですが、一人がお若いんで当分安心やろ、お若い方が七十八かなんぼ、あとはもぉ九十ぐらいなんでございます。
そぉいぅ方がね、まだ現役でいたはるわけでございます、三人。昔はねぇ、大勢おられていろんなヨイショ、ベンチャラ、いろんなヨイショの仕方があるんですけど、大きく分けて二種類ございますねぇ。
一つはですね、この人の好み、この人の嫌いなもの全て究めてポイントを突いたヨイショをする。いわゆる理詰めでベンチャラをするといぅ、これを米朝型太鼓持ちと呼んどるんでございます。
も一つのほぉはと申しますと、とにかくもぉやかましぃだけといぅね、ポイントもクソもあれへん、とにかくヨイショをし倒すといぅ、これを雀々型太鼓持ちと、まぁ一般には呼んどるわけでございますけども。
こぉいぅ喧しぃだけの太鼓持ちに表で出くわすと大変でございます、もぉ何からでもヨイショしょ~といぅ「おッ、よッ、よぉよぉよぉよッ、すごい」何がスゴイんかさっぱり分かりませんけど。
なかなかむつかしぃ商売でございますけども、大阪ミナミの一八と茂八といぅ二ぁりの太鼓持ちですが、二人仲良ぉ御茶屋をしくじりまして、つてを頼って京都祇園町で働いてたんですが、今日しも室町あたりの旦那「時候もえぇ、一つ野掛けをしょ~やないか」野掛け、山行き、アウトドアーでございますなぁ、外で遊ぼぉといぅわけで芸者、舞妓、太鼓持ち、皆引き連れましてポイッ、表へ出てまいります。
祇園町を出て鴨川を渡り西へ西へ、堀川も打ち過ぎまして二条のお城を後目(しりめ)に殺し、ドンドンドンドン出てまいりますといぅと野辺へかかってまいります。何しろ春先でございます、空にはヒバリがチュ~チュ~とさえずっていよぉか、野には陽炎が燃えていよぉかといぅ。
遠山に霞がたなびぃてレンゲ・タンポポの花盛り。麦が青々と伸びた中を菜種の花が彩っていよぉといぅ本陽気。その中をやかましゅ~言ぅてやって来る、その道中の陽ぉ気なこと……♪
●もしもし、も~~し、旦那、ちょっと待ったげとくなはれ。女ご連中遅れてまんねやがな。も~~し、待っとくなはれな……。早よおいなはれ、早よ早よ
▲そない先さき行かれたら、付いて行かれへんわいなぁ、もっとゆっくり歩いとぉくなはれな。
▲なぁ、ちょっと待っとくれやすいな
●さぁ、早よおいなはれ
▲なぁ、一八っ
つぁん
●何でんねん?
▲わて、蝶々(ちょ~ちょ)捕まえて欲しぃのん
●蝶々?そんなもん捕まえて、どないしまんねん?
▲蝶々捕まえてもろたらな、髪の毛一筋外して、それへ括ってこの辺飛ばしもって歩こと思て。(なりきりオチ)
●何と女ごっちゅうのは惨(むご)たらしぃこと考えるなぁ。止めとき可哀想に。あんたかてそやろがな、縄で括られてその辺引きずりまわされたらカナンやろ。蝶々かて生きもんや、止めときなはれ
▲旦さん、一八っつぁん蝶々捕まえてくれはらへん。
■やかましぃなぁ……、一八、子どもが言ぅてるんやないか、捕まえたらんかい
●さよかぁ……、分かりました、捕まえたげまんがな。いてたら捕まえたげる
▲よぉ~さん、いてるえ
●どこに?
▲その辺、蝶々だらけ
●ホンに、黄色い菜種に黄色い蝶々が紛れてるさかい分からなんだんやがな。ホンマによぉ~さんいてるなぁ。
●やかましぃ言ぃなはんな、捕ったげまんがな……、♪蝶が菜種か、菜種が蝶か……、わたいら、子どもの時分からこんなん得意でんねん、じき捕まえたげまっせ(ク~ルク~ルクル……)(なりきりオチ)
▲トンボと違うえ
●分かってまんがな。こないしてたら蝶々がどない思う「あぁ、この人トンボ捕まえはんねんなぁ」安心してるところを……、ほぉ~れ逃げましたやろ。
●それッ……、よいしょ……、いよッとせぇ。わ、わ、わぁ~ッ、犬の糞つかんだ
■何をすんねやいな、お前わ。そこの小川で手ぇ洗いなはれ
●えらい目ぇに遭ぉた。しかし旦那、こないだの八卦見当てよりましたで
■何がや?
●「お前の手はババつかみや」っちゅうて
■アホなこと言ぅてんのやあらへんがな……
●ところで旦那、今日はどこ行きまんねん?
■「どこ行きまんねん」て、分からんと付いて来てんのかいな。今日は愛宕山へお参りをすんねん。愛宕山へ登ろと思てな
●ほぉ、山行きでやすか?
■こら気の毒なことしたなぁ
●何が?
■京の人間は山には慣れてるけど、大阪もんは山に弱いさかい
●何で?
■大阪には山が無いさかいな
●アホなこと言ぃなはんな。大阪にかて山おますがな
■大阪に山あるかい?
●おまっしゃないか。天保山、真田山、茶臼山……、みな険しぃ(裏切りオチ)
■何の険しぃ。あんなもん山やあれへん、あら地べたのニキビや。
●ほな、京都に山おますか?
■京都はどっち見ても高い山ばっかりや。東山、西山、比叡山、鞍馬山、愛宕山。みな高いがな
●愛宕山っちゅうのんどれでんねん?
■これや
●え?
■目の前やがな
●目の前……、おッ!
■見ただけでビックリしてんのん?
●何じゃいな、これですかいな。大層ぉに言ぅさかいどんな高い山かいなと思いましたがな。これ一つだけでっか? 二階おまへんのん?しょ~もない、二つ重ねといてケンケンで上がったる。
■ほぉ~、えらい勢っきょいやなぁ。二人とも大阪の人間やさかい心配してやったけど、心配要らん?みな荷物やなんか持ってもろたらえぇで
●持ちまんがな、かしなはれ。お弁当?分かりました、ここへこぉやって掛けときますわ。ほな行きまひょか、どぉぞお先。
■一緒に行こ
●あんたらと一緒に行けますかいな。あんたら皆でボ~チボ~チ行きはったらよろしぃねん。えぇかげん行きはったとこで、わたいらシュッと追い付きまっさかい
■こない言ぅてるさかい、先行こか
▲ほな、このへんから坂が急だっさかい、みな裾からげなはれや。よろしぃか、行きまひょか。
▲ごぉ~じゃごじゃ、ごぉ~じゃのあとに、誰が付く……♪
◆ほぉ、えらいもんやなぁ。やっぱり京の人間や、山に慣れとんなぁ。舞妓までが千鳥にツツツゥ~ッと上がって行くやないか
●しょ~もない、ほっとけほっとけ、わしらボチボチ行こいな……。大阪しくじんねやなかったなぁ、大阪やってみぃな、こんな山行きてなしんどい仕事あれへんがな。京の人間ちゅうのはシミタレとぉるさかいな、座敷で散財したら高こつくと思て、何じゃらと山行き野掛け、外へ出よんねん。
◆ぼやきないな、世話なってんねやないか。しょ~もないこと言ぅて荷物持たされて
●いきがかりやないか、まぁボチボチ行こ、ボチボチ。
▲(一八っつぁん、茂八っつぁん、早よおいなはれやぁ~ッ……)
●へぇ~い、じきに行きま、じきに。先行きなはれ~~。ドッコイ、ドッコイ、ドッコイな。けど何やなぁ、この辺まで来たら気持ちがえぇなぁ、空気がうまい。梅が咲いてるわ、やっぱり遅咲きやなぁ……。♪チンチンテ~ン、トッツンテ~ン ♪梅にも春の色添えて♪チチンチ~ン……、この唄、山行きに合わんなぁ(タイミングオチ)
◆合うかい、そんなもん。日が暮れてまうで。
▲(一八っつぁん、茂八っつぁん、ここから七曲がりどすえなぁ~ッ……)
●へぇ~いッ、七曲がりも八曲がりもあるかい、ホンマに。早よ行きなはれやぁ~、早よ~! ドッコイ、ドッコイと……。♪曇らば 曇れ 箱根山ぁ~ちゅう唄あったなぁ
◆古い歌やなぁ
●♪晴れたとてぇ~ お江戸が見えるじゃあるまいし こちゃかまやせぬ……、やったか?
◆せやせや。
●♪登らば 登れ愛宕山ぁ~ 登ったとてぇ~ 一円のポチにもなりゃしょまい あのシミッタレっと……(失礼オチ)
◆おいおいおい、聞こえるで
●聞こえるよぉに言ぅたってるんやがな。ドッコイ、ドッコイ、ドッコイな……。♪愛宕山坂 えぇ~ぇ坂 二十四丁目の茶屋のかか ばば 旦那さん ちと休みなんし、っか。 ♪しんしん シン粉でもウンと食べ 食べりゃウンと坂 や、やんれ坂……、坂、坂、坂。
●……♪愛宕山坂 えぇ~坂 二十四丁目の 茶屋のかか ばば 旦那さんちと 休み なんし ♪しんしん しん粉でも 食べ……、鼻の穴が十程欲しぃわ。♪食べりゃんせ 食べりゃウンと坂……、ひぃ~、ひぃ~、ひぃ~、ひぃ~、ひぃ~~ッ……
◆へたばってもたがな。
■(おぉ~い、どないしたんじゃ~い?)
●ひぇ~~い
■(二つ重ねて、ケンケンで上がれ~~)
●もぉ、あかぁ~~ん、医者呼んでぇ~~
■(おぉ~い、あかんねんやったら尻突きで上がって来ぉ~い、尻突きで)
◆旦さん、尻突きちぃますと?
■(鈴鹿峠なんかで、子どもが出てきて「旦さん尻突かしとくなはれ、お家はん尻突かしとくなはれ」ちゅうて、突くほぉも突かれるほぉも弾みが付いて上がって来るんじゃ。尻突きで上がれ~~)
◆「尻突き」へッ、わかっとりま……。なるほど、そぉいぅ手があったか。一八、その荷物わしが持ったろ
●持ってくれるか、こんなもんと思てたけど、だんだん持ちおごりがしてきた
◆持ったろ持ったろ、持ったるからお前、後ろ回って俺の尻突け
●お前、えぇほぉばっかり回るねんなぁ。
●突くけどな……、おい、腰掛けたらあかんで、お前もちゃんと上がってくれなあかんねんで。突くほぉも突かれるほぉも弾みが付いて……
◆分かってるがな。あッ、ちょっと、ちょっと待ち、突きよぉが難しぃから(なりきりオチフリ)
●どない難しぃ?
◆右のほぉな、こないだボ~ンと打って青ぉなったぁるねん、そこ触らんといてや(なりきりオチフリ)
●そぉか……、左は?
◆デンボでけたぁるねん。触らんといて(なりきりオチフリ)
●真ん中は?
◆イボ痔や、触らんといて(なりきりオチ)
●そんなこと言ぅたら突くとこあれへんがな
◆冗談やがな、ぼんやり突いてぼんやり。
●ほないくで、えぇか……、や、ドッコイショ! ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ……
◆なるほど、こらえぇ具合やなぁ
●ホッ、ホッ、ホッ、ホッ……、お、踊ったらあかんで、踊ったら
◆ホイッ、ホッ、ホイッ、ホッ……♪
●旦さんただいま
■やっと上がって来よったがな、最前の勢いどないしたんや
●さっぱりワヤ……
■みな揃ろたとこで、ボチボチご飯にしょ~か?
●え?ご飯て? お昼、お弁当?
■そや
●何を言ぅてなはんねん、我々神信心に来てまんねんで、愛宕山へ先お参りしてからご飯にしまひょいな。
■いやいや、先に弁当食べてからお参りに……
●そんな不信心なこと言ぅてどないしまんねんな。我々なんでっせ、どこ行ったかて先お参りを済ましてからご飯にしまんねん
■あそぉか、ほな、お前らだけ先行てくるか
●当たり前でんがな。我々だけ先行てきまんがな、本社はどちらです?
■もぉ二十五丁上や
●えぇ?
■今のは「清滝試みの坂」ちゅうて二十五丁あんねん。もぉ二十五丁上に本殿があんねや。行といで
●さ、さよか。お弁当いただきまぁ~~す
■……
●お母ん
▲何?
●何やおまへんで、これ何ですか、お家(うち)でしなはったん、それとも仕出屋誂えなさった?
▲この旦さん、好き嫌いが多いさかい、みな家でしましたんや
●あのねぇ、料理てなもんは食てうまかったらえぇっちゅうもんやおまへんねんで。見た目ちゅうのが大事やがな。
●何ですこれ、バラバラんなったぁるがな。栗の金とんのとこへ生鮨し(きずし)がベチャ~ッとへばり付いてるし、レンコンの穴へ海老が首突っ込んでるし、カマボコはバラバラ、豆はバラバラ。あんじょ~並べときなはれ。
▲あんじょ~並べたぁったんやがな。あんたがお尻突いて踊りなはったんやがな
●あぁ~あれで、うわぁ~、エゲツナイことになったぁるなぁ……、ん、甘ぁ~酢ぃ~辛ぁ~、甘ぁ~酢ぃ~辛ぁ~、んぐ……、こら食えん
■食えんちゅうて、お前ばっかり食ぅてるがな。早よこっち回しなはれ。
●へ、お手塩(てしょ~)いってます……? これだけではちょっと頼んなおますよって、向こぉの茶店で何なと案問(あんもん)してきますわ……。お婆ん
★はいはい、お越しなされ
●向こぉで弁当広げてるねん、ちょっと何ぞでけんかい?
★気の利ぃたもんはできんで……
●何もご馳走(ごっつぉ)食わしてくれっちゅうてるわけやない、何ぞ汁のもんでもな
★うどんぐらいなら……
●うどん? もっちゃりしてるなぁ……、うどんの台抜きちゅうのもなぁ。そこに青いもんが植わってるやないか、それサッと湯がいてキュッと絞って醤油でも掛けて持って来てもらおか
★どれじゃ?
●これやがな、サッと湯がいてキュッと絞って醤油でも掛けて持って来てっちゅうねん。
★あんた、それ食べなさるか?
●「食べなさるか?」って、おまはんとこ植えてんねやろ、サッと湯がいて持って来てぇな
★ホンマに、食べなさるか?
●そない言われたら心細い……、これ何やねん?
★煙草じゃ
●煙草か、こら食えんわ。何ぞほかに……、ん? ここによぉけ土器(かわらけ)積んだぁるけど、酒でも呑ますんか?
★いやいや、あれはお酒を呑むカワラケじゃありゃせん、カワラケ投げのカワラケじゃ
●カワラケ投げ?
★皆さん、そっからカワラケを放(ほ)って遊びなさんのじゃ
●へぇ~?
■一八も茂八も知らんかえ?
●あ、旦さん
■カワラケ投げ、懐かしぃなぁ。昔はよぉやったもんじゃ、わしゃちょっと自慢やったんや。久しぶりにやってみよかな。お婆ん、カワラケ五枚だけこっちもらおか……。さ、皆こっち出といでや。あんまり前へ出たら危ないで。
●わぁ~、谷がひと目で渡せまんなぁ。こんな高いとこまで出て来ましてんなぁ
■ちょっと見てみなはれ、あそこの谷間(たにあい)のところに仕切りがしたぁるやろ、あそこの真ん中に的が仕掛けたぁる。あれに当てるてなことはめったに出来るこっちゃないが、あの仕切りの中へ打ち込むのんでさえ難しぃこっちゃで……。ちょっとやってみよかいな(カリ、カリッ)
●あんた、食べてなはる?
■食べてんねやあらへんがな、端を欠いてな、風切りをこしらえてるんやがな……。それではまず、風の向きを調べてみよか
な……。あぁ~なるほど、よっしゃ分かった。ほなはじめは、このカワラケを風に乗せて、舞を舞うがごとく泳がすだけ泳がしといてあの仕切りの中へシュ~ッと入れるさかい、見ときなはれ「天人の舞」
■(ホッ)……、ゆっくりと舞を舞(も)ぉて……、あの中へ……、そぉら入った、どぉじゃ。今度は二ついっぺんに放るさかい見てなはれ「お染久松夫婦投げ」ちゅうやっちゃ。
■(ホッ、ホッ)……、ほぉ~ら見てみなはれ、二枚のカワラケが一本の糸で繋がれたよぉに、おんなじよぉにあとを追ぉて……、ほぉら……、そぉら入った、どぉじゃ。今度はゴジャゴジャなし、真っ直ぐ向こぉへ「シュッ」と打ち込む「獅子の洞(ほら)入り」ちゅうやっちゃ。これが一番難しぃねんで。
■(ソレッ)……、そぉ~ら入った、どぉじゃ。
●しょ~もない、子どもでんがな「そぉ~ら入った、どぉじゃ」誰でもできまんがな。お婆ん、カワラケ百枚……
■百枚?
●その内の五枚。何でねん大層ぉに。あんなもん誰でも(ガリッ、ガリッ)ま、まずい
■食べたらあかんで、食べたら。吐き出しなはれ、風切りをこしらえるねんで。
●分かってまんがな……、まずはじめはなんですなぁ、風の流れを調べてみまひょかな。風の流れは……、あれ? スト~ンと落ちてもたで、風あれへんのんか?
■カワラケをあお向けにしたらいかんで、うつ向けにするさかいに風に乗るんや
●分かってまんがな……、風の流れは最前見て分かってます。
●まずはじめは「天人の舞」カワラケが風に乗って、舞を舞うだけ舞わしといてあの中へ(ソォレ)……。あれ、どっか行ってもた? 舞、忘れよったんやな。ずぼらな天人やなぁ。
●今度は「お染久松夫婦投げ」二枚のカワラケが一本の(ソレッ)糸で(ソレッ)繋がれぇ~~ッ、糸が切れたなぁ。右と左へシャ~ッ、シャ~ッと行きよったなぁ。喧嘩しよったんやで……。今度はもぉゴジャゴジャなし「獅子の洞入り」真っ直ぐあの中に打ち込みますよってな、真っ直ぐ。
●(ソォ~レッ)茶店へ入った
■これこれ、何をすんねや。お婆んに当たってるやないか
●けッ、しょ~もない。何でんねんこんなもん、カワラケてなもん百枚放ったとこで何ぼのもんだんねん。大阪でもやったことおまんねん、花屋敷でね。大阪の人間、カワラケてなしょ~もないもん放りまへんなぁ。
■ほぉ、大阪のお方は何を放りなさる
●お金を放りまんなぁ
■お金?
●へぇ、金貨銀貨、シュ~ッ……、チャリンチャリン。気持ちえぇ、胸がス~ッとしまっせ。カワラケてなもんしょ~もない
■そぉか、大阪のお方はお金放りなさる。いやいや、わしも何ぞ使えることがあったら使こてみよと思て、これを持って来たんじゃ。
●何でんねん、それ?
■昔の小判や
●これ小判?あれお婆ん(言葉遊び)
■……
●小判て、戎(えべ)っさんの?
■ホンマもんやがな(キンキラキン、ジョンジョロリン)
●へぇ~、何ぼおまんねん?
■二十枚や
●二十枚? 値打(ねぐち)もんでっせ、これ……、これを、どないしなさるて?
■大阪のお方がお金を放りなさるんやったら、わしゃこっからこれを放ってみよかいなぁと思て
●え? これを? いつ?
■今やがな
●誰が?
■わしがやがな
●え? あんたこっから放りなさる……? なるほど、あんさんは京のお方にしては太っ腹なとこおますわ。あんたは放りはる気ぃでっしゃろ、けど、手ぇがいぅこと聞きまへんなぁ、手ぇが……
■ホンマに放る
●あんたはその気ぃでも手がいぅこと……
■何を言ぅてんねん、こぉして放ったらえぇねん(ヒョイ)
●お、お、お、オ~ッ、放りはった
■ちょっと、みな見てみなはれ。松の緑に黄金色がキラキラと、綺麗ぇなもんやないか。見事じゃなぁ……、一代の見ものじゃ。
■これがホンマの散財じゃ、胸がスッとしたなぁ……、ほな行こか
●ちょ、ちょっと待ちなはれ。小判は?
■小判は放ったんじゃ
●放ったて、誰ぞ拾らいまっせ
■拾ろたら拾ろたもんのもんじゃ
●え?「拾ろたら拾ろたもんのもん」?
■そや
●わたいが拾ろたら?
■お前のもんや。
●さ、さよか。わたいが拾ろたらわたいのもん、こらありがたい……、が、届かん
■当たり前じゃがな、届くねんやったらみな拾らうがな。届かんさかい散財や
●待った、待ったぁ。見えてまっしゃないかいな、わたいが取ってくる
■お、こらオモロイ。さぁ、どないして取ってくる。
●待ってとくなはれや……。お、お婆ん
★何でございますかいなぁ?
●この下へ降りて行く道はないか?
★へぇへぇ、年にいっぺん、的を仕替えに行く道が梅ケ畑のほぉから……
●そら、えぇ道かえ?
★コケ道じゃ
●ほぉ、苔が生えてんねんな
★ひょこひょこコケル道。
●何も出ぇへんかい?★何も出やせん。まぁ熊か狼のほかは
●それだけ出たら十分やがな……、どないかして下りる……、んッ? こらまた大きな傘やなぁ。お婆ん、これちょっと借りるで
★そら、下の花屋さんに返さないかん傘じゃで……
●何言ぅてんねんなお婆ん、わしがちょっと下へ降りて小判取ってきたらやで、こんな傘、二十本も三十本も返したるがな。
●こら大きぃわい……、どぉです皆さん、こんなえぇもんが手に入りました。昔から言ぅ清水の舞台飛び、わたいこの大きな傘で今からフワフワ~ッと降りて行って小判みな取ってきます。あとで「一八っつぁん一枚だけおくなはれ」てな情けないこと言ぃなはんなや。わたいがみな取ってきまんねんさかい……
●高っか~~ッ……、と、飛びまっさかいな……、足が動かん……、目ぇつぶって飛んだろ……、いよっと、上へ飛んでどぉするねん……、そや、走って来たろ……、(トットットッ)うッ、ここまで来たら目が開くなぁ……、ちょっと飛んだらえぇんやけどなぁ……、な、何とか飛べんかいなぁ……、人間、一生にいっぺん思い切らんならん時があるっちゅうけど、何とか飛べんかいなぁ……
■茂……、茂八
◆へ
■一八の背中、ポ~ンと突いてやれ
◆だ、大丈夫ですかいな?
■あれだけ大きな傘持ってたら大丈夫やろ、ケガはするかも知れんけど、命に別なかろぉ。あとはわしが請合うさかい、ポ~ンと突いてやれ
◆さよか、ほな……
◆おい、一八、飛びたいか?
●……、と、飛びたいなぁ
◆ホンマに、飛びたいか?
●……、ホンマに、飛びたい
◆そない飛びたけりゃ……、それッ!
■と、飛びよった。飛びよったで……。オ~~イッ、一八ぁ~~ち
▲一八兄さぁ~~ん。
●(ふぇ~~~ぃ)
■飛んだかぁ~~~?
●(ふぇ~~~ぃ)
■ケガは無いかぁ~~~?
●(ふぇ~~~ぃ、ケガはどこにもございませぇ~~ん)
■金は有るかぁ~~?
●金? そや、金カネ、有る有る有る……、有ったぁ~、ひぃふぅみぃ……まだ足らんで……、木に引っかかってるがな(キンコロカ~ン)……、二十枚、確かにございましたぁ~~
■(それみな、お前にやるぞぉ~~)
●おおき、ありがとぉ~~!
■(どないして上がるんじゃ~~い?)
●わ、わ、わぁ~ッ、上がるときのこと考えてなかったがな、どないしょ~
■(オオカミに食われてしまえぇ~。ほな、さいならぁ~~)
●ちょ、ちょっと待っとくなはれぇ~~。
何を思いましたか、苦し紛れといぅのは思わん知恵の出ますもんで、着物をパッと脱ぎますといぅと腐っても太鼓持ち、下には別染めの長襦袢でございます。横糸を外しますといぅと、これをばツ~ッ、ツ~ッ裂きだした。裂いてしまいますといぅと、それで縄を綯(な)いだした。
綯(の)ぉては継ぎ足し、継ぎ足しては綯い、長い長い絹糸の縄を綯い上げますといぅと、縄先に手ごろな石を括りつけてビュ~ン、ビュ~ン振り回しだした。
あの辺の谷間(たにあい)には「嵯峨竹」と申しまして太い長い丈夫な竹が生えております。この一本をめがけましてポ~ンと投げ付けますといぅと、うまい具合にクルクルクルッ。
竹の先にかけた縄をばキ~リ、キ~リ、キ~リ、キ~リ、十分にたわめといて地面を一つポン。蹴りますといぅとツ、ツ、ツツ、ツツツツ~ッ……
●へ、旦さん、ただいま
■上がって来よったがな。えらい男やなぁ……、で金わ?
●忘れてきた。(サゲ)