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古典落語 桂枝雀 米朝事務所

桂 枝雀【池田の猪買い】

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桂 枝雀『プロフィール』

落語家 桂枝雀

2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば[1]。
師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/桂枝雀_(2代目)より引用



笑いの分類『知的な笑い』/サゲの分類『へん』

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古典落語 『書き起こし』と『オチの種類』

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しばらくのあいだ、お付き合いを願います。

もぉ人間といぅものはまことにこの、楽しく暮らしていきたいわけでございますが、なかなかそぉはいかんのが、まぁこの世の中といぅもんでございますね。仕方がないのでございます、みんな自分でございますからね。

わたしも自分でございますし、あなたも自分でございますからな。あの、自分にとりましてはね。あなた自身にとりまして、あなたが自分でございますし、彼は彼自身が彼自身にとっては自分でございますからな。

みんなが自分でございますから、わたしがお饅頭を食べたいなと思うと、あなたもお饅頭を食べたいなと思う、まぁ理屈です。わたしがたくさんいるわけでございますから、そこにこの、衝突といぅものが起こるわけでございましてね。

まぁいろいろとその問題はあるわけでございますが、なるたけそぉいぅゴタゴタしたことが起こりましてもね、念を残さんと申しますかね、能天気にね、まぁ「明日は明日の風が吹く、済んでしもたことは仕方がないわい」といぅふぅに暮らせればですね、これが一番えぇのではないかと思うのでございますが。

そぉいぅその無責任な、能天気な男が、我々のほぉの主人公でございまして。

 

■さぁ、こっち入りや

●……、こんちあ

■「こんちあ」やないがな、どぉしたんやおまはん? 鼻の頭に黒いもんが付いてるで

●この鼻の頭の黒いやつですか? これ、灸(やいと)ですねん

■何やて? ヤイト? お灸のあと?おまはん何かいな、鼻の頭へさしてお灸据えたんかえ?

●わたいもこんなとこへ据えたいことなかったんですけどね、これ芳っさんがいかんのです

■何がいかんねん?

●こないだ会ぉたときに「どぉも、この頃ノボセていかん」言ぃましたらね「ノボセんねんやったらお灸に限る、ヤイト据え」ちゅうて芳っさんが。

■何かいな、芳っさん「鼻の頭へヤイトを据え」と言ぅたんかえ?

●いえいえ、のっけは盆の窪ちゅうんですか、頭の後ろ、首筋に据えいぅて言ぃよったんです。ところが芳っさんの言ぅのには「ヤイトといぅものは、据えた上、据えた上へ据えていかないかんぞ」ちゅうことをね。

■ほぉ……、据えた上、据えた上へなぁ。火がよぉ降りるよぉに

●へぇ、わたい据えた上、据えた上へ据えていったんです……。ヤイトがだんだん上へ上へ、十日目で天辺へ来ましてね。そこから前へ回りましてね、とりあえず十五日目でここまで来ましてんけど、こっから先行こと思たら口の中へ据えんならんことになりまっしゃろ。で、ここばぁ~っかり据えてまんねん。真っ黒けになってまんねん。ここが打ち止めになってまんねん。

■そんなアホなことすんねやないで。上へ上へ据えいぅたかて、そんな上と違うがな

●どんな上ですか?

■ヤイトの形があるやろが、その形の上へ上へ据えんねで

●へぇ、形がおましょ。形の上へ上へ据えていったんですよ、どんどん上へ。

■違うがな。真ぁ上へ据えんねん

●真ぁ上へ、真ぁ上へ……

■違うっちゅうねん。おんなじ所へ重ねて据えんねがな

●あぁ~、さよか。おんなじ所へ重ねて……。わたいもおかしぃなぁ思てましてん。ここらまで上へ上へですけどね、こっからどぉ考えても下に下に……、どないなってんねんやろなぁ。

■よぉそんなアホなこと言ぅてるなぁ。熱かったやろ?

●熱おました。頭の天辺はワァワァ泣きながら辛抱しましたけど、鼻の頭の熱かったこと

■ほんで病気は治ったんかいな?

●お蔭さんで、すっくり治りましたんです。ヤイトが効ぃたんでっしゃろねぇ。

■効ぃたんじゃろなぁ、結構なこっちゃ

●ところが、一つ助かってまた一つですわ。今度は体が冷えてしょ~まへんねん

■ケッタイな体やなぁ、ノボセのあとが冷え気かいな

●何とか、この冷えを治す工夫おませんやろか

■医者に見せたんかいな?

●医者に掛かりましたら「温(ぬく)め」ちゅうんです。懐炉入れたりしてまんねんけどあきまへん。

そんなことではあかんなぁ、外から温めるよぉなことではいかん。体の内から温めんとなりきりオチフリ

へぇへぇ、懐炉を飲み込むとかなりきりオチ

■面白い男やねぇ……、違うがな、おまさん「薬食い」といぅことを知らんかえ?

●「薬食い」ちぃますと?

■シシの身を食べたことないか?

●シシの身といぅとイノシシの肉でっしゃろ、あら旨いもんでっせ

■旨いもんや

●あんな旨いもんが薬になりますか?

■昔からえぇことが言ぅてある「薬食い」ちゅうてな。ことに冷え気一般にはえぇとしてある。よかったらやってみたらどや。わしも若い頃にやって、病の根ぇを断ったよぉに思うで。

●さよか、あんな旨いもん食て薬になるんやったら結構でんなぁ。ほな、これから行って買ぉてきますわ

■「買ぉてきます」て、ここらに売ってるよぉなんはあかんねんで。大阪で売ってるよぉなやつはいかんなぁ

●何ででんねん?

■捕ってから日が経ったぁるよってなぁ。やっぱり、いま撃ちましたといぅ新しぃやつやないといかんなぁ。

●その新しぃのんどこ行ったら売ってます?

■そぉじゃなぁ……、ちょっと北へ足を延ばして、池田へでも行てみなされ。向こぉはシシのたんと取れるとこやで、いつ行ったかて新しぃシシの一頭や二頭はあるやろ

●さよか。ほな、すぐ行ってきま

■ちょっと待ちなはれ。これから行ったんでは日が暮れてしまうのでな、明日の朝早よぉに起きて行きなはれ。

■わしもちょっと頼みたいことがあるんで、行きしなこっち寄ってんか。それから、向こぉは大阪と比べてだいぶに冷えるでな、なるたけ温い格好して行かなあかんで。分かったぁるか? 温い格好して行きなはれや

●へ、おおきありがとぉ、さいならごめん。



面白い男があったもんで「冷え気を治すにはシシの身を食べるのがえぇやろ」といぅので行きよったんですなぁ。いまでしたら阪急電車乗って二十分ぐらいで行けますんやが、昔はなかなかそぉではございません。草鞋履きでテクテクと歩いて行きましたんで、半日、一日仕事でございます。

「冷え気」といぅのはいまで言ぅところの「寂しぃ病気」あっち方面の病気のことやそぉでして、あれが無かったらまことにえぇと思うんですが、無かったら人間無茶苦茶しますんで神さんが抑えてはるんですねぇ「あんまり無茶すなよぉ、あとでしんどいぞぉ、まぁまぁ、徳さ~ん」ちゅうてね。

この男、あくる日になりますといぅと、表の戸をば、

 

●(ドンドンドン)ちょっと甚兵衛はん、開けとくなはれ。これからボチボチ行きまんねん(ドンドンドン)開けとくなはれ

■これこれ、ドンドン叩くねやないがな朝の早よから。くぐりが開いたぁる、開けて入いんなはれ

●くぐりではいけまへんねん、大戸を開けてもらわんと。

■大戸? どないなったぁるんや? また何ぞしよってんで……

●お早よぉさぁん

■ほぉら、言わんこっちゃない。何ぞしてきたなぁ……、何ちゅう格好してんねん? 芝居に出てくる相撲取りみたいな格好してるで

●あんた、なるたけ温い格好して行け言ぅてなはったんでね、家にあるもんみな着てき
ましてん。

●ひとえもんが六枚に、あわせが三枚、綿入れ二枚重ねて、パッチやなんか十六枚無理からはいて、あと周り吊ってまんねん

■首筋はどぉなったぁんねん?

●首巻十三本巻いて、間から風が入ったらいかん思て、そこらにあった布巾や雑巾詰め込んで……、ケッタイな臭いがプ~ンと上がって

■アホ……

■頭もおかしぃなぁ

●頭巾被ってほぉかむりしてまんねん。その上からマント着て鉄兜かぶって、長靴履いてバケツに水入れて両の手で持って……

■なんでバケツに水持ってるねん? そのほぉが、ちょっとでも温もる? よぉそんなアホなこと……、いっぺんみな脱いでしまいなはれ。

■脱いだもんが山になったぁるがな

●……、はぁ~、えらかった。シシの身は何ぼほど買ぉたらえぇんです?

■そぉやなぁ、ぎょ~さん買ぉてきて余ってしもたら、また古るなるよって、ものの三百目もあったらえぇなぁ。それと、わしも久しぶりに食べてみたいよって、二百目ほど別に買ぉてきてもらいたい。

●ほな、シシの身が都合五百目でんなぁ

■分っかりました。ほな、これから行ってきます

■行てきますはえぇけど、行く道は分かったぁるか?

●へぇ?

■「行く道は分かったぁるか?」っちゅうねん

行く道でしょ。これからとりあえず難波ヘ出まして、紀州街道をば南へ南へ。(なりきりオチフリ

■どこ行くつもりや?

●池田でしょ

■紀州街道、南へ南へ行ったら和歌山のほぉ行ってしまうで

ですから、和歌山のほぉから池田へなりきりオチフリ

■何?

●和歌山のほぉから池田のほぉへ

■和歌山から池田へ行けるか?

●あれ? 行けまへんか?

■そんなもんが行けるかい

あ、さよか? おかしぃなぁ……、和歌山の人は生涯池田行けまへんか?なりきりオチ

■団子理屈を言ぃなはんな。和歌山から池田へ行けんことはないけれども、大阪から池田へ行くのに何でいっぺん和歌山回ってこんならんねん。分からなんだら尋んねなはれ

●尋んねまひょか?

■尋んねなはれ。うちを表へ出ると、これが丼池(どぶいけ)筋じゃ。これをド~ンと北へ突き当たるなぁ。

●わぁ~、デボチン打ちまんなぁ

■何でデボチン打つ?

●ド~ンと突き当たったらゴ~ンとデボチン打ちまんがな

■それは言葉の綾じゃ……、すると、この丼池の北浜には橋が無いで

●そぉそぉ、昔から無い未だに無い、これ一つの不思議でんなぁ。

■別に不思議なことは無いなぁ……「橋無い川は渡れん」てなことを言ぅやろ

●渡るに渡れんことおまへんで

■どぉして渡るねん?

●船で渡るとか泳いで渡るとか

■それではことが大胆な

●ほたら一体どぉせぇっちゅうねん?

■左へ少ぉし行くと淀屋橋といぅ橋があるなぁ。淀屋橋、大江橋、蜆橋と橋を三つ渡る。お初天神の西門のところに「紅う」といぅ寿司屋がある。この寿司屋の看板が目印やなぁ。こっからズ~ッと北へ一本道じゃ。十三の渡し、三国の渡しと渡しを二つ越える。服部の天神さんを横手に見て、岡町から池田じゃ。

■言ぅといたるで、池田でも町中ではあかんねで。山の手へかかって山猟師の六太夫さんと尋んねたら、大阪までも聞こえたシシ撃ちの名人や。分からなんだら、せぇだい尋んねながら行きなはれ

●さよか、ほな行てきます。

●何や言ぅてなはったなぁ「分からなんだら、せぇだい尋んねながら行きなはれ」よぉ~し、いっぺん誰かに尋んねたろ。しかし、おんなじ道尋んねるのんでも、忙しぃにしてるやつに尋んねんことには、落ち着いたやつに尋んねたらゆっくり教えよって、手間がかかってどんならん、どこぞ忙しぃしてるやつ……

●わ、わ、わぁ~ッ。こいつえらい忙しぃしとぉる。いっぺん尋んねたろ。ちょっとお尋んね申します

★はい、何ですか?

●あんた、えらい急いでなはんなぁ

★ちょっと心急(ぜ)きでんねん

●何がそんなに心急きでんねん?

★うちの家内に気が付いてまんねん。

●何ですか?

★うちの家内に気が付いてまんねん

●あんたとこの嫁はんに屁が付いた?

★屁が付いたんと違います。気が付いたんです

●毛ぇが付いたんですか? どこの毛ぇが付いたんですか?

★気が付いたんです。産気です。

●参詣? どこのお宮さんへ?

★違う違う、産気

●新聞の?

●子どもが生まれまんねがな

●子どもが……、さよか。こらうっかりしとりました。そらめでたいなぁ、オンかメンか?

★生まれてみな分かりますかいな

●あぁ~た、この忙しぃさ中にどこへ行ことなさるんです?

★産婆さん呼びに行きまんねがな。

●なるほど、うっかりしてました。そら急がなあきませんで。産婆さんもまだ来たはらへんのにポコッと生まれたら大ぉ事でっせ。そら急がなあきまへん、急(せ)かなあきまへん……、ところで、ちょっともの尋んねますけど。

★早いことしとくなはれ、急いでまんねん

●つかんこと尋んねまんねんけど、あんた丼池の甚兵衛はんちゅう人ご存知ですか?

★そんな人知りまへん

●知りまへん? おっかしぃなぁ~? こないだ、わたしがウドンよばれた

★知らんがな

●けつねウドン

★知らんちゅうねん

●二杯……

●向こぉ、表に出ると丼池筋でんねん。これをばズ~ッと北へ突き当たる。ちゅうたらあんた、デボチン打つなんてしょ~もないこと言おと思てなはるやろ

★思てまへん

●ここ、思うとこでんがな。誰でも思うとこでんがな。わたいも思たんだ。あんたも思てる思てる……、それが証拠に鼻がピクピクッと動いた。

●この丼池の北浜には橋が無い、昔から無い未だに無い、これ一つの不思議。何の不思議なことがあるか言ぅて、橋無い川は渡れん言ぅて、渡るに渡れんこと無い、どぉして渡る言ぅて、船で渡ろか泳いで渡ろか、それではことが大胆な言ぅて、ほたらどぉしょ~言ぅて……

★な、何でんねん?

●少ぉし西へ行くと淀屋橋といぅ橋がおまんねん。淀屋橋、大江橋、蜆橋と橋を三つ渡る。お初天神の西門のところに「紅う」といぅ寿司屋があるが、ここでわたいが寿司を食ぅと思うか食わんと思うか?

★そんなことが分かりますかいな。

●分からんちゅうたかて、人間には当て推量ちゅうもんがおまっしゃろ。間違ごぉてもよろしぃ言ぅてみなはれ

★寿司屋があるねんやったら、食ぅねんやろ

●食いたいけど、食てたら銭が足りまへんねん。

●こっから北へズ~ッと一本道でんねん。十三の渡し、三国の渡しと渡しを二つ越える。服部の天神さんを横手に見て、岡町から池田でんねん。言ぅといたげまっせ、池田でも町中ではあきまへんでぇ~。山の手へかかって山猟師の六太夫さんと尋んねたら、大阪までも聞こえたシシ撃ちの名人ですけど。もし……、ここへ行くにはどぉ行ったらよろしぃやろ?

★……、どぉ行ったらよろしぃやろ? あんたが言ぅた通ぉりに行ったらよろしぃねん

●あぁ、さよか

★この忙しぃのに何を聞きさらすんじゃボケ、カス!

●「言ぅた通り」や、ぬかしやがんねん。ちょっとでも違うてなこと言ぃやがったら甚兵衛はんとこ引っ張って行たろと思たのに「言ぅた通り」ではしかたないぞ。けど、念には念を入れちゅうことがあるさかい、もぉいっぺん誰ぞに尋んねたろ。わ、わ、わぁ~ッ。向こぉからお婆さんの手ぇ引っ張って走ってくるやつ、あいつにいっぺん尋んねたろ。

●ちょっとお尋んねします

★何じゃい、ちょいちょい

●ちょいちょい? わ、おんなじやっちゃ……



アホがあっちで尋ねこっちで尋ね、十三の渡し、三国の渡しを越えますと服部の天神さん後目(しりめ)に殺して岡町から池田。山の手へ掛かってまいりますといぅと何しろ寒気の厳しぃ折柄でございます。綿をちぎって投げよぉな雪がチラァ~チラ……♪

 

●寒っぶぅ~、あぁ寒む。こない寒いとは思わなんだなぁ……、なるほど、甚兵衛はんが冷える言ぃはった通りやなぁ。あぁ寒ぶ、これやったらみな着てきたらよかったがな。寒っぶぅ~、よぉ降りよんなぁ……、お百姓といぅものは冥加ないお仕事やなぁ……、この雪の中、あないして野良へ出て働いてなはんねん。せや、ここでもぉいっぺん道尋んねたろ。

●こんちゃ~、お百姓ぉ~。こんちゃ、ちょっとものお尋んねしますが……、お百姓。こんちゃ、お百姓ぉ~……。お百姓ぉ~。百姓、こらッ百。五十五十、六十と四十……、九十と十。これだけ言ぅてるのに返事ぐらいしたらどない……、わ、わぁ~、案山子(かがし)かいな。

●もの言わんはずやがな、よぉでけたぁるなぁ……、一升徳利に蓑笠が着せたぁるねんなぁ「とっくりと見なんだが、身の一生の過ち」やなんて……

◆シャイシャイ、シャイシャイ…… ♪もはやぁ~ 明け方ぁたな~ もぉ~来やしょまい 背戸で狐ぇ~がぁ~ コンと鳴ぁ~くぅ~♪ チョ~セェ~、チョ~セェ~(ン、モォ~ッ!)

●び、ビックリしたぁ~。こらアホ、人の耳元で牛鳴かしたりしないな

◆堪忍してやっとくれ、相手は畜生じゃで

●何ぼ畜生でも、ビックリするやないか。あぁビックリした、あぁビックリした、ビックリしたついでにちょっともの尋んねますが……

◆面白いついでに尋んねなさるなぁ、どぉしなさった?

●山猟師の六太夫さんとこは、どぉ行ったらえぇな?

◆おぉ、六太夫さんとこ訪んねなさるか?そらえぇとこで尋んねなさったなぁ、ちょっとわしの手の先を見てみなされ。

●何ですか?

◆わしの手の先を見てみなされ

●あんたの手の先ですか? 太い指でんなぁ

◆……、指の先じゃ

●爪が伸びてます

◆……、爪の先

●垢がたまってる

◆……、この方角を見ぃちゅうんじゃ

●この方角ねぇ……

◆どぉじゃ? 向こぉに白壁がチラァチラ見えて、松の木がニュ~ッと出てるとこがあるじゃろ

●……、ど、どこですか?

◆向こぉに白壁がチラァチラ見えて、松の木がニュ~ッと出てるとこがあるじゃろが

●ど、どれですか?

◆おまさん、あの白壁と松の木が見えんのか?

●いえ、白壁も松の木もよぉ見えてますけど

◆何が見えん?

●ニュ~ッとチラチラ

◆だいぶ面白い人じゃなぁ……、あの裏手が六太夫さんとこじゃ、訪んねて行きなされ

●さよか、おおきにありがと。

 

●この裏手や言ぅてなはったなぁ……、こんちわ、こんちわ

■はい

●ちょっともの尋んねますが

■はぁ

●山猟師の六太夫さんとこはどちらでしょ?

■六太夫なら手前じゃ

●さ、さよか。手前ですか? 何軒ほど手前でっしゃろ?

■面白い人じゃなぁ……、ここが六太夫のうちじゃ。何じゃな?

●あのぉ~、お留守ですか?

■何?

●お留守でしょ~か?

■だいぶ面白い人やなぁ……、早よ言ぅたら、アホやなぁ。内らで返事してたらいてるに決まってるじゃろが

●わたしの言ぅてるのは六太夫さんですが

■わしが六太夫じゃ。

●あんたが六太夫さん? わたい芝居見て知ってまっせ、山猟師ちゅうたら色の白い綺麗なもんでっせ、早野勘平、尾張伝内。あんた髭ズラで真っ黒けでんなぁ

■芝居とホンマもんが一緒になるかバカ。ホンマもんの山猟師やみんなこんなもんじゃ、こっち入ってきたらどぉじゃ。

●わたい実はシシの身、分けてもらいに来ましたんで

■客人かいな、大阪から? そら遠いとこをよぉ来てくれたのぉ、さぁこっち上がって囲炉裏にあたんなはれ。寒かったじゃろ

●寒い時分は火が何よりのご馳走だんなぁ、実はシシの身を分けてもらお思て来ましてん。言ぅとかなあきまへんねんけど、訳があって古いのんあきまへんで、新しぃやつが欲しぃんです。新しぃシシの身おまっしゃろか?

■そらえぇとこへ来なさった、新しぃシシの身……、上見てみなされ、吊ってあるじゃろが。こいつは新しぃぞ、おとつい捕ったシシじゃ、いたって新しぃ

●こらいけまへん

■何で?

●わたしら素人でんがな、見ただけで古いか新しぃか分かりまっかいな。おとつい捕ったシシやら、おととし捕ったシシやら

■一昨年のシシが今時分まであるかい。

●わたい、疑り深い人間でんねん。目の前でバンバ~ンと撃ってもらわなよぉ信用しまへんわ。えらいすんまへんけど、山へ行ってバンバ~ンと撃っとくなはれな

■おまさん簡単にバンバ~ンちゅけど、なかなか大変じゃぞ。シシの身は何ぼほど要んのじゃ? シシの身は何頭ほど要るのじゃ?

●わたいが三百、甚兵衛はんが二百目です

■五百目ぐらいのシシわざわざ撃ちに行けるか

●そんなこと言ぃなはんな、ちょっと表見てみなはれ、白いもんがチラァ~チラしてまっせ。こぉいぅ日ぃは猟が立ちます。

■何? 「猟が立つ」こぉいぅ商売してると、どぉしても験(げん)を気にする。猟が立つとは気に入ったなぁ。よし、なら出かけるとしょ~か

●そぉしなはれ、気の変わらんうちに

■やれやれ、牛に曳かれて善光寺参りか……、サン、サン来い、サン!

●あんた、何言ぅてなさる

■犬を呼んでいるのじゃ。

●六太夫さんがサン呼んで、六三の早カブしょ~思て

■何をわけの分からんことを……、いのよ、いのよ

▲ん~ッ

●こ、恐わぁ。ビックリしたぁ~。何じゃこら?

■うちのせがれじゃ

●「いのよ」ちゅうなり黒いもんがビュッと飛び出したもんやよってに、イノシシが放し飼いにしたぁるんかと……、こいつ新しぃか?

■これこれ、これ……。うちのせがれじゃないか。いのよ、父っつぁん大阪の客人と山へシシ撃ちに行てくるでな、一人で寂しかろぉが大人しぃ留守番してんのじゃぞ

▲ん~ッ

■「ん~」と言ぅやつがあるか、大阪の客人に笑われるぞ、田舎の子は行儀知らんちゅうて。返事は「はい」とするんじゃ「はい」と

▲ん~ッ。

■まだ「ん~」じゃ言ぅてる。しゃ~ないもんじゃのぉ

▲父(とと)も、シシ撃ったらじきに帰って来てや

■ん~ッ

▲ととかて「ん~」言ぅてるがな

■大人はかまやせんわい……。客人出かけよかな

●ん~ッ……



「さぁ、こっち出といなはれ」表へ出ますといぅと、六太夫さん、さすがは山猟師でございます。雪の山道をタッタッタッタッ……

 

●お~いッ、六太夫さ~んッ、待っとぉ~くれ~ッ、六太夫さ~んッ

■早よ来いよぉ~いッ、こっちじゃこっちじゃ、早よ来ぉ~いッ。

●わ、わ、わぁ~ッ、高いとこへ出て来ましたなぁ

■どぉじゃ、坂はちょっと急なが、あれ来るとじきにこれへ出られるでな、わしゃいつもこの道を通るのじゃ

●ひやぁ~、谷底までひと目で見えてまんなぁ。わ、わ、わ、犬が走ってますけど、サンとちがいますか?

■来るときに谷へ離しといてやったんじゃ

●走り回ってまっせ……、わ、わ、吠えてますけど、見付けよったんとちがいますか?

■ん? どぉやら見付けよったらしぃなぁ……、はぁはぁ~ん

●ふぅふぅ~ん

■相手になりなっちゅうねん……、運のえぇ人じゃ、いっぺんに二頭も出てきた。

●ホンに、二つも出てきよりました。もし、あら親子ですか、夫婦ですか?

■そぉじゃなぁ……、今時分親子で歩いてるのんは無い。あら、オンとメンじゃなぁ

●オンとメンちゅうことは夫婦てなことでんなぁ?

■まぁそんなもんじゃ。

●何ですかいな、仲人を入れた仲でっしゃろか、それともどれあい?

■シシに仲人もどれあいもあるかい、どっち撃と? どっち撃とぉ?

●いっぺんに、バン・バ~ンと

■そぉいぅわけにいかんのじゃ、シシは二頭、鉄砲は一丁じゃ。どっち撃とぉ?

●一頭だけ? どっちがオンです?

■大きぃほぉがオンらしぃなぁ

●身はどっちのほぉが旨いんで?

■そら、メンのほぉが柔(やら)こぉてうまかろぉ

●せっかく大阪から出てきてるんやし、美味しぃほぉ買ぉて帰りたいなぁ

■今日はお前さんのために来たんじゃで、お前さんの言ぅ通りにしたげるでな。

■メンのほぉが欲しぃといぅのならば、メンのほぉ撃ってあげるとしょ~。ちょっと待ってなされや……、メンのほぉを撃つとしょ~か

●けど、あんたなんでっしゃろ。目方で商売しなはんねやろ? 大きぃほぉが儲かるてなもんでんなぁ。大きぃオンのほぉ撃ってもらいまひょかな。

■わしゃ、どっちゃでもかまやせんねやが……、大きぃほぉ撃つとしょ~かな

●甚兵衛はんに買ぉて帰ったげるのん、あの人歯ぁ悪いよってなぁ……、やっぱりメンのほぉにしとこ

■メンのほぉにしょ~か……

●気の毒ななぁ、オンにしてもらいまひょか

■オンにするのんか?

●メンにしまひょか

■メンにするのんか?

●オンにしょ~か?

■オンか?

●メンや。

■うるさいなぁ、決めてくれな撃たれへんやないか

●どっちでもよろしぃわ。あんたの好きなほぉ

■ほな好きなほぉ撃つよってにな、おまはん、しばらく黙ってなはれや

●黙ってま、黙ってま。わ、わ、わ、わ~ッ。撃ち撃ちのシシの身て美味しぃやろなぁ

■……、撃ち撃ちのシシの身は、旨いぞぉ。

●わて、大阪までよぉ辛抱せんなぁ……、去(い)にしなあんたとこで食べさしてや

■……、食いたかったら、食べていんだらえぇがな

●入り口んとこに、根深があったなぁ、あれちょっとおくなはれや

■……、根深ぐらい、使こたらえぇがな

●鍋も貸してや

■……、鍋ぐらい

●砂糖と醤油もな

■……、使こたらえぇがな

●メ、メ、飯あるか?

■うるさいなぁ……、撃たれへんやないか。静かにしてなはれ静かに。

●もぉ静かにしてま、よぉ狙ろて撃っとくなはれや……、わ、わ、わ、そこじゃ~、いまじゃ~ ポンッ!

■……、かなんなぁ~。

 

わぁわぁ言ぅとります。六太夫さんも思わず引き金をば「ダダ~ンッ!」ゴロッとそれへイノシシがひっくり返ったんで「さぁ、降りて来い」二人がバラバラバラッと山を駆け降ります。

■どぉじゃ、大きかろぉが

●わ、わぁ~ッ。なるほど、こら大きぃなぁ……、これ、新しぃやろか?

■わしゃ、しまいに怒るで。新しぃもなにも、いま、おまはんの目の前で撃ったやないか

●わたい、疑り深ぁ~い人間でんねん。あんた家出る時、いのにおかしな目付きしてなはったやろ。いのが家から古いのん持って来てだんなぁ、わたいら山降りてる間にすり替えた。

 

「新しぃか古いか、こぉしたら分かる」さすがのことに六太夫さんも腹が
立ったとみえまして、持っておりました鉄砲を逆手に持ちますといぅと、ド
ンド~ンと二つほど食らわしましたんです。

ひょ~しの悪いことに、このシシ、弾食ろぉて死んでたやつやない。はず
み食ろぉてひっくり返ってたやつですから、パンパ~ンと叩かれた拍子にム
クッと起き上がると、それへさしてトコトコトコ……

どぉじゃ客人、トコトコ歩いて行くほど新しぃ。(サゲ



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