桂 米朝『プロフィール』
芸名 桂米朝(かつらべいちょう)
本名 中川 清
生年月日 1925年 (大正14)年 11月6日(2015年3月19日没)
出身地 兵庫県姫路市(出生は中国・大連)
血液型 O型
入門年月日 1947年 (昭和22年) 9月「四代目桂米団治」
出囃子 都囃子(三下り鞨鼓)
紋 結び柏、三つ柏
趣味
特技
WEBサイト http://www.beicho.co.jp
所属 米朝事務所
その他
大東文化学院中退
第1回上方お笑い大賞、紫綬褒章、平成8年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定、朝日賞、平成14年文化功労者顕彰、平成21年文化勲章など受賞多数https://kamigatarakugo.jp/directory/ichimon/katsura_beicho/より引用
笑いの分類『情的な笑い』/サゲの分類『ドンデン』
【関連】 笑わせ方の根底にある「緊張の緩和」と「笑いの分類・サゲの分類」
古典落語『書き起こし』と『オチの種類』
【関連】ボケの種類 18種
お暑い中お運びありがとぉございます。
もぉ相変わらず古い噺で、この噺なんかわたしゃもぉ二十年近くやってないんやないかと思うんで、やれるかいなぁ思て心細ぉなっとりまんねやけど、昔はよぉお正月なんかその年の干支にちなんだ噺をしたもんでございます。
干支の噺の無いよぉな年なんか難儀するんですがなぁ、干支頭の子(ねぇ)、ネズミの噺なんかも面白いのがございますが……
「升落とし」なんか言ぅてネズミを捕まえるのに、子供がやったんでっしゃろなぁ、昔の一升マス、あぁいぅものをこぉ割り箸かなんかで突っ張りしましてね、その下へちょっと米置いときまんねん。
こぉズ~ッとこの箸にヒモ付けてね、ネズミがその下へ入って米を食いかけるとこっちから引っ張たら、パタンとこぉマスが落ちるといぅ。一匹捕まえるために人間が一人ズ~ッと何時間も待ってんならんといぅ気の長い時代ですな。
まぁ遊びやったんやろと思うんですけどね、パタッ!
●捕まえた、捕まえたッ! 大きなネズミや。(言葉遊びフリ)
■いや、わしズ~ッと横手から見てたけど、小さかった。(言葉遊びフリ)
●あぁ~あ、尻尾中に入ってもた、大きなネズミや。(言葉遊びフリ)
■いや、小さかった。(言葉遊びフリ)
●大きぃ。(言葉遊びフリ)
■小さい。(言葉遊びフリ)
なかのネズミが「中」なんか言ぅてね(言葉遊び)。いろいろ噺があるんですがな。
次の次の干支の寅、トラの噺もちょいちょいとございますが、昔から竹やぶにトラは住んどりましてね、竹に寅なんて言葉もある。
竹やぶからトラが出てきたん見たらベロベロに酔ぉてまんねん「トラがトラになってるやないか、おい、酔ぉてるな、どないしてん?」「笹に酔いました」なんて、気楽な噺がございましてね。
まぁ、この噺もトラが出てまいりますが、ずいぶん古い噺でございます。
■こっち入り。聞きゃ、また遊んでるそぉやないか。
●へぇ。
■「へぇ」やあらへんでお前、のらくらのらくら、どこへ勤めに行ってもお前だけは三(み)月も持たんちゅうがな。そらあかんで、歳の二十四にもなって。
●誰が二十四でんねや。
■三やったかいなぁ?
●五ぉやがな!
■余計いかんがな、威張るやつがあるかいな。
■お母んぼやいてたで。何でお前、根気が無いんや?
●いやその、言ぃわけするわけやないんでやすけどな、人間には向き向きといぅもんがおまっしゃろ、わたしに向いてるてなとこへ世話してくれたら、一生懸命やる気おまんねがな。(自虐オチフリ)
■はぁ、そらまぁ言ぅてやれんわなぁ。で、どんなとこやったらお前向いてると思うねん?
●わたいこんな体だっしゃろ、力仕事なんかねぇ、ちょっとあきまへんねん。(自虐オチフリ)
■まぁ、お前に沖仲仕をやれっちゅうたかて、そらよぉやらんやろなぁ。
●へぇ。でこの、あんまりここがえぇほぉやないさかいね、えろぉ難しぃ、責任持たされるよぉなことはかなんのでんねん。(自虐オチフリ)
■まぁ、誰も持たさへんけども…
●で、わたい口下手だっしゃろ。そやさかい人と話せなあかんセールスたら勧誘員たら、あぁいぅのはあきまへんねや。(自虐オチフリ)
■要らんことはよぉ喋るけどなぁお前。
●そこへあんた、わたい朝眠(ねぶ)たいほぉでっしゃろ。(自虐オチ)
■ちょっと待て。おい、働きに行こちゅう人間が、朝眠たいなんてこと言ぅてたらしゃ~ないやないか。
●そぉかて、朝六時に起きたりしたら、まぁ二時間ぐらいは頭ボ~ッとしてますわ、自慢やないけど。(自虐オチ)
■自慢にもならんわいそんなもん……。ほな、どぉいぅ所があったらやるねん。いっぺん言ぃたいだけのこと言ぅてみ。
●でわ、まあ、わたくしの希望を述べると…(なりきりオチフリ)
■偉そぉに言ぅな、言ぅてみぃ。
●まぁこの、朝十時頃からボチボチ仕事にかかってね。(なりきりオチフリ)
■十時?慰安会か何かと間違ごぉてんのと違うかお前? 町内の運動会でももっと早よぉからやるで。
●まぁ十時ごろからボチボチ…
●力仕事なんかせんと、人と応対するよぉなこともなしにでんな、昼が来たらごっつぉ食わしてもろて、まぁ午後になったらのんびりブラァブラしてて、でまぁ四時かぐらいではもぉ仕事がしまいで、贅沢は言ぃまへんねんわたい、日に一万円ぐらいくれるよぉな所があったら…(なりきりオチ)
■よぉそんだけのこと言ぅたなぁ、お前…。そぉいぅ所があったらやるかえ?
●おますか?
■「あったらやるか?」っちゅうてんねん。
●そら、やらしてもらうけど、おますかいそぉいぅ所は?
■実は人を一人世話してくれいぅて頼まれてんねや。
●へぇへぇ。
■行く先は動物園や。
●はぁ、天王寺の?
■いや、そんな結構なとこやない。移動動物園っちゅうのん、お前ぃたことあるやろ。動物園のないよぉな辺ぴな所へ、珍しぃ動物を連れて行て見せる。
●聞ぃてますわ、移動動物園て。やっぱり、ゾウやらキリンなんか持って行きまんねやなぁ?
■あぁいぅ大きなものは運びにくいさかい、そんなものはおらんね。
●カバなんか?
■カバなんか池が要るさかいなぁ、あぁいぅ手間のかかるものはおらんね。
●何がいてまんねん?
■せやなぁ、あんまりえぇもんはおらんねけど、まぁニシキヘビ・大蛇、これはおるわなぁ。
●はぁ…
■それからシカとかなぁ、イヌとか。
●イヌ?ろくな動物園やないなぁそら。
■まぁ、そんなもんでは客が来んさかいに、トラとライオンがいてるねん。
●あぁなるほど、そこらへんが動物園らしなりましたなぁ。
■さぁ、ところがその肝心の呼びもんのトラがこないだ死んでしもてな「トラは死しても皮残す」と言ぅんで、皮を剥いで剥製にしてん。で、ある男が考え付いてな、どぉせ本物を見たこともないよぉな所へ行くんやさかい、誰かこの人間がトラの皮着て檻の中で動いてたら、まぁ誤魔化しがつくんやないか、っちゅうことになって。その人間を探してくれっちゅうて頼まれてるねん。
●きょうびあんた、トラの皮着て檻に入るてなやつおりまへんで。
■わしもおらんと思てたんや……、こぉ手近におるとは思わなんだなぁ。ほな、やってくれるか。
●いぃえぇ、わたいやりまへんで。
■お前いま「やる」言ぅたやないか。
●わたしには条件がおまっしゃないか。朝十時頃から…(なりきりオチフリ)
■十時頃からでえぇねや、そんな早よやったかて客来ぇへんさかいな。十時頃からボチボチお客さんを入れるねや。
●力仕事…(なりきりオチフリ)
■力要らんがなそんなもん、檻入ってたらえぇねや。トラの皮て軽いもんや。
●難しぃ…(なりきりオチフリ)
■難しぃことあらへんがな、檻の中で動いてたらそれでえぇねやさかいな、昼が来たらごっつぉ食わしてもろたるがな。
●口下手や…(なりきりオチ)
■もの言ぅたらいかんねや、トラが。口下手のほぉが結構なんや。ほんで昼からなったらな、のんびりブラァブラしてたらえぇねや、四時か五時になったらもぉしまいや、日に一万円もろたるがな、やりぃな。
●…考えてみると、こらえぇ仕事や。
■えぇ仕事やがな、誰がお前らに一万円も出してくれるかい、やりやり。
●せやけどなぁ、一人前の人間のやる仕事や…
■何が一人前や、半人前もないくせに何を言ぅてんのや。
●しかし、人に聞かれても面目ないなぁ、こんなん「あんた、この頃何やってなはんねん?」「へぇ、わてこの頃トラやってまんねん」そんなアホなこと言われへん。
■止めとけホンマに…。お前のこと心配して、わしゃこないして仕事持って来たったんやないか。ほかにやりたいやつは何ぼでもあんねん、止めてまえ、止めてまえ。
●そんな、怒ったらいかん。ほなまぁやりますわ、あんたの気安めに。
■わしの気安めにやってもらわいでもえぇねん、親喜ぶ。無理矢理にでもやらせるつもりで、ここにちょっときょうは紹介状ちゃんと書いたぁる。で、ここにな明日の現場が書いたぁる、これ持ってったら、向こぉに園長の池田はんちゅう人がいてるさかいな「わしから聞ぃて来た」ちゅうたらあんじょ~してくれんねん。それ見たら書いたぁる、電車やらバスやら乗り換えて行くのやで、朝早よぉ起きて頑張って行きや。
「ほんならまぁ、やらしてもらいまっさ」気楽な男で、トラになること引き受けましてね、電車やバスを乗り継いで田舎のほぉへやってまいりました。移動動物園、檻なんか立ってますわなぁ。
●えぇ、ちょっとお尋ねします、池田はんちゅう人はどなたはん?
▲あんた、来てくれたん、間に合ぉた間に合ぉた。あんたあの人の甥かえ、そぉかそぉか。いや、引き受けてくれたけど、いまだに顔が見えんやろ「もぉボチボチお客入れなあかんのにどないしょ~」言ぅてたんや。ほな、この人が言ぅのには「トラの皮着て檻に入るてなやつはもぉいま日本にはおらんで」「まぁ、世間広いさかい一人ぐらいおるや分からん」言ぅたりして…。いやまぁ、助かりました。
●そんなおかしな言ぃ方しなはんな、一生懸命やるつもりで来てまんねやさかい。
▲やってもらわなどんならん。おい、トラの皮こっち持っといで…。で、今まであんた、トラのほぉのご経験は?(なりきりオチ)
●そんなもんあれしまへんで。経験なかったらあきまへんか?
▲いやまぁ、なかってもあってもおんなじよぉなもんやけど…。小柄な人頼んどいたけど、あんたなら入りそぉな、服脱いで裸んなってこれ着込みなはれ。
●ほぉ、トラとしたらこら大きなトラやなぁ。足からこぉ入れまんねやなぁ。作業服みたいなもんやなぁ、ずっとこぉ繋がってまんねやな。なるほど手を先入れて頭をかぶって…、ちょ~ど合いますわ。え? 腹のところがチャックになってる、なるほどなぁ…どぉです?
▲「どぉです」やあれへんがな、とにかくあっち行て檻ん中を…。今から這わいでもよろしぃ、こっち来てこの中入んなはれ。
●これ、わたい一人でっか?(なりきりオチフリ)
▲当たり前やがな。
●メスのトラかなんか…(なりきりオチ)
▲そんなもんおれへんおれへん。
●それは寂しぃなぁ…あぁ、あんたガチャンと閉めて錠おろしたりしなはんな、わて逃げしまへんさかい。
▲いやいや、これは見てる人が信用せぇへんさかい、こぉやってガッチリおろしとかないかんねん…。あんたなぁトラになったんやで、ちょっとトラらしぃしなはれ。トラが檻の中で腕組んであぐらかいてたらいかんがな。立ったらいかん。トラといぅものは狭い檻の中を行たり来たり、行たり来たりして歩いてるもんやがな。あんた動物園のトラ見たことないのんかい?
▲そんな歩き方とちゃうがな、トラといぅものは前足と頭を反対に持ってったらトラの感じが出まんねん。よろしぃか、つまりなぁ顔を右に向けると足を左に持っていきなはれ、こぉ顔を左に前足を右、こぉいう具合に…(動きオチ)
●あんたうまいなぁ、あんたやんなはれ。
▲アホな、何を言ぅてんねん。あんたにやってもらわないかんねやさかい。
●さよか、こぉいぅ具合…。あの~ちょっと池田はん。
▲何じゃいな?
●あの~、タバコは吸ぅてはいかんかえ?(なりきりオチ)
▲アホかおまはんわ、トラが檻の中でこんなことすんのん見たことないがな。タバコは辛抱しなはれ。
●それが辛いなぁ…、あっ池田はん。
▲何やいなもぉ。
●トラはやっぱりションベンするとき片足上げるか?(なりきりオチ)
▲アホなこと聞きなはんな、人の見てるとこでションベンしたらあかんで。あの後ろに真似事だけ小さい岩屋こしらえたぁるやろ、あん中入って誤魔化しなはれ。あっちのほぉにも出入り口はあるんやさかい。で、餌もあっちから入れるさかいな。
●餌?ちょ、ちょっと待った。餌て人間の食えるもんでっしゃろなぁ?ウサギの生肉なんかよぉ食わんでわしは。
▲人間の食えるもん、ちゃんと入れたる心配しな。もぉボチボチお客が入って来る、ほら静かに横になってなはれ、なるべくな。
●すんまへん、また分からんことあったら呼ぶさかい。(なりきりオチ)
▲呼んだらあかんで。トラがちょいちょい人間呼んだらややこしぃてしゃ~ないがな。黙ってなはれや。
●へぇ。
●うわぁ~入って来た入って来た、子どもばっかりやなぁ。あんまり、大人こぉいぅもん見にけぇへんなぁ。わぁ、あれライオンの檻や。お、ライオンこっち見てるがな「今日のトラちょっとおかしぃな」ケッタイな顔してこっち見てけつかる。
●集まって来た集まって来たで。え、何?「このトラ恐い」何かしてんねん、何が恐い。お前ら何も知れへんさかい…え、何やて?「このトラに石ぶつけたる」悪いやつがいとぉるなぁ、こんなとこ石ぶつけられたら逃げるとこあれへんがな…「グァオ~ッ!」ビックリして逃げよった、オモロイもんやなぁ。
●考えてみたら、これえぇ仕事かも分からんなぁ。こないしてたらえぇねんやさかい。この子、うまそなパン持ってるなぁ、考えてみたら腹減ってきたで、餌の時間までまだだいぶ間があんねや…「おい、ちょっとそのパンくれ。ちょっとパン放ってくれ」
★お母ちゃん、このトラ「パンくれ」言ぅてる。
☆何を言ぅのん、トラがパン食べたりするかいな、トラはお肉を食べるねや。
★そぉかて「パンくれ」言ぅてる、やろか…
●言ぅてみんならんもんやなぁ、皮かぶってると食いにくいなぁ…(なりきりオチ)
★トラ、パン手で掴んだで。
☆ケッタイなトラやこと。
●ウワァ~、もぉちょっとで化けの皮が剥げるとこや…え?何じゃい何じゃい、司会者みたいなやつが出て来たがな、あれ何や?
▲ご来場のお客様に申し上げます。トラの檻の前へお集まりください。ただ今からショーが始まります。
●何が始まるねん?聞ぃてへんでおい、おかしなこと始めんといてや。今度は真ん中へ出て来てマイク持って、何やあいつ?
▲えぇ本日はご来場厚く御礼を申し上げます。さてただ今より、当移動動物園が絶対よそでは見られないといぅ、猛獣ショーをご覧にいれます。あれなるライオンの檻をば、このトラの檻のそばへと運びます。あの檻のライオンをトラの檻の中へと放ち入れます。密林の王者といわれるトラと百獣の王のライオンとの間に、いかなる死闘・激闘が展開されますか、手に汗握る猛獣ショー、ご期待を持ってご覧ください。
●知らんでわしゃそんなん、一万円安い、こら一万円安い。何や話がうますぎると思たがな…。えっ、聞ぃてへんがな、ホンマにライオン入って来た。あ、あっち行け、あっち行け。行ってくれ頼む。
◆やっぱりライオンて獣(けだもん)の王さんでんなぁ、トラ見てみなはれ小そぉなってしまいましたがな。トラしっかりいけ!わしが付いてるぞ
●お前ら付いてたかて、しゃ~ない。ど、ど、どないしたらえぇねん。
★お母ちゃん、このトラ弱いなぁ。
☆そら弱いがな、パン食べるよぉなトラ、強いはずがないがな。ガタガタガタガタ震えてるわ、これ。
ライオンがのっそのっそと近付いてまいります。トラのほぉはもぉガタガタガタガタ震えながら「なまんだぶ、なまんだぶ、もぉあかん」小そぉなってお念仏となえだした。ライオンは悠々とたてがみを振りながら、トラの耳の端(はた)へ口を持って来て…
「心配すな、わしも一万円で雇われたんや」(サゲ)